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2011年6月26日 - 2011年7月2日

2011年7月 1日 (金)

李登輝元総統を機密費横領で起訴

                     Lee Teng-hui 2004 cropped.jpg

 台湾で、李登輝元総統が総統時代の機密費横領の容疑で起訴されました。既に陳水扁前総統も同じ容疑で獄中にあり、現職の馬英九総統も台北市長時代の機密費横領疑惑で国民党の総統候補から降ろされそうになったくらいですから、機密費問題は根深いものがあります。

 李登輝元総統と言えば、台湾民主化に大きな貢献をした総統として日本でも非常に評価の高い人物です。それだけに、台湾独立派を中心に今回の起訴を国民党の政治的陰謀だと指摘する声すらあります。一方で、総統在職中から李登輝元総統には色々な「疑惑」がささやかれており、在任末期に訪台した時に気が付いたのですが、台湾の国民は日本で言われているように李登輝総統を熱狂的に支持はしていないのではないかということです。確かに民主化の功績は評価されていたのですが、「疑惑の解明が不十分」「裏金を懐に入れているのではないか」という疑いの目を総統は相当持たれていました。このギャップに驚いたものです。

 もっとも、この「機密費」が何に使われたのかと考えると、単純に李元総統が私腹を肥やしていたと言い切るのは難しいように思います。そもそも、政治的陰謀の可能性が拭い去れない上、機密費を使って台湾が「実務外交」を拡大させた。例えば、1995年6月の李登輝総統の非公式訪米では、猛烈なロビー活動でアメリカ議会に受け入れを推進させた経緯があります。キャシディー・アンド・アソシエヘーツ(C&A)に工作を依頼し、3年間で450万ドルの契約をし、受入先にも数百万ドル単位で金がばら撒かれたそうです。

 今回直接問題になっているのは、南アフリカ共和国との断交直前に、南アフリカ政府関係者に対して外交関係を存続させるための工作としてばら撒かれた金の出所のようです。

 いずれにせよ、こうした支出を単純に「悪」と言い切ることはできません。アメリカ政治がロビイストと裏金で動いているのはアメリカ政治を多少かじったことがあれば誰でもわかる話ですし、台湾と対立してきた中国も、アメリカで猛烈なロビー活動を行っています。特にアメリカの民主党はこうしたロビー活動の標的にされているそうで、先のアメリカ大統領選挙でも親中派のヒラリー・クリントン上院議員を当選させようと、相当なカネが中国から流れていたと言う話もあります。

 機密費横領という事柄が事実であったとすれば、李元総統の刑事責任は免れないかも知れません。しかし、歴史と言う法廷に立たされた時に、果たして有罪の判決を出せるものでしょうか。

 ただし、李登輝元総統が全く私腹を肥やさなかったとは私には思えないのです。と言うのも、李登輝元総統は台湾大学の学者出身で、実家は陳水扁前総統のような極貧ではなかったにしろ、大金持ちでもありませんでした。それが、今や多数の警備員に囲まれた豪邸に住んでおられる。総統退任後に執筆や講演はされているにせよ、手広く事業をしていたようなことではないですから、何かしら総統在任中に「収入」があったと考えるしかありません。

関西国際産業関係研究所

                  今出川校地クラーク記念館(重要文化財)

 関西国際産業関係研究所は同志社大学の文学部社会学科産業関係学専攻(現在の社会学部産業関係学科)を事実上の母体とし、労使双方に官公庁や研究者を加えたメンバーで組織された研究会です。29日に総会と講演会が行われました。

 この研究所を設立したのが同志社大学の中條毅名誉教授で、太平洋戦争中には学徒出陣により海軍予備学生として駆逐艦潮に乗り組み終戦を迎えられたと言う長老です。私が同志社に入った時には既に退職されており、面識ができたのは私がこの研究所に関わるようになってからです。

    Ushio II.jpg艦首側面

 中條先生はもともと神学をやりたくて同志社に入られたようですが、戦時中は国家神道が幅を利かせていた時代でもあり、キリスト教主義で更にリベラルな校風を持つ同志社は当局に相当睨まれていたそうです。そこで従来神学部の中にあった社会事業や生産などを扱う分野を独立させてこちらをメインとして戦争協力するような組織改編を行い、これが現在の経済学でも経営学でもなく、原則的に使用者にも労働者にも偏らないと言う産業関係学科のもとになったのだそうです。

 神学と労働や社会福祉は一見するとほとんど関係がないように見えますが、新島襄が範としたアメリカでは教会が大々的に慈善事業を行っています。アメリカには現在に至るまで公的な健康保険制度はなく、先進諸国の中では公的な社会福祉制度が十分に整備されていない特異な国です。その空白を埋めて来たのが教会が中心となって行ってきた慈善事業で、教会が慈善事業として社会福祉の中で重要な役割を果たしています。これが、「小さくて冷たい政府」を補完してきたわけです。日本の新自由主義者は何とかの一つ覚えのように「小さな政府」を唱え続けていますが、アメリカにおける教会のような役割を誰が担うのかについて触れている人を私は未だに知りません。

 ちなみに、戦時に政官労使が結束して強固な体制を作ると言う事は何も日本にのみ見られた特異な現象と言うわけではありません。アメリカでもイギリスでも、戦時体制を構築するために政官労使が結束しています。ただし、アメリカやイギリスでは「労働者の権利」が保障され、戦争協力と引き換えにむしろ拡充すらされる傾向にあったのに対して、日本では労働者が戦争協力をすることは当然とされて恩恵はほとんどなかったと言わざるを得ません。かろうじて現在まで残っている権利と言えば厚生年金制度くらいのものでしょうか。

 大学を離れてしまうと、なかなか知的刺激を受けられる場と言うのはありません。私にとっては貴重な一日となりました。

2011年6月29日 (水)

菅内閣の『新体制』に思う

 「内閣改造」という言葉は使わなかったものの、事実上の改造によって菅内閣の「新体制」が発足しました。近く辞めていくことを明言した総理がこのようなことをしたのは前代未聞です(過去には第二次田中内閣が改造の一箇月後に内閣総辞職したと言うような例があることはありますが)。

 江田法務大臣が環境大臣を兼ね、細野首相補佐官を原発担当に充てる。閣僚ポストは17しかありませんから、村田行政刷新担当大臣を更迭しました。また、自民党を離党した浜田参議院議員を総務政務官に任じています。

 私は、問題的や争点が増えている中で、行政各部の長となる閣僚数を減らしてしまったことは問題であると思っています。これを主導したのは自由党党首時代の小沢一郎元民主党代表でした。閣僚がいくつもの役職を「兼務」しているのを見ていると、個々の争点について十分な勉強ができているのかと非常に疑わしいものがあります。例えば、年金問題に詳しい人を厚生労働大臣にしたら労働問題が分かっていない、労働問題に詳しい人を大臣にしたら年金問題が分かっていないと言うのは好例と言えます。環境大臣を江田法務大臣に兼務させることになりましたが、本当に法務省と環境省でリーダーシップを発揮できるのでしょうか。確かに、法務大臣も環境大臣も「兼務」された例がありますが、いずれも内閣改造直前の一時的なケースでした。

 内閣府の副大臣や政務官も情事は同じことのようで、いくつもの「担当」を掛け持ちしているのですから、やはり個々の問題をどこまで掘り下げることができるのか、非常に疑わしいところです。従前ならば、官僚が上手いことお膳立てしてくれたのでしょうが、官僚主導から脱却するのであれば、政策立案能力を高める工夫がなされてしかるべきところです。あれもこれも担当するというのは、かえってどれも「中途半端」になりかねない危険性を孕んでいると言わざるを得ません。

 原発問題は重大ですから、専任の原発担当相を置くこと自体は正しいことだと思います。設置が遅すぎる感がありますが、閣僚を増員するかどうかでもめていましたから、任命が遅れたのでしょう。細野前首相補佐官は事故発生以来補佐官として取り組んできた人ですから、無難な任命ではないかと思います。もっとも、菅総理が「原発の事をよく知っているのは俺と細野」と言っているらしいのですが、同じレベルだということになるとこれは困ったことになりますし、担当相の担当する範囲が不明確という指摘もあります。従前に原子力に関与してきた経済産業省や文部科学省が簡単に担当相に投げるわけもないでしょうし、スタッフが揃っていない担当相に投げられても困るでしょう。

 細野大臣と言えば、かつてタレントと路上で若者らしくひそかにくちづけを交わしている姿を週刊誌に撮られてしまった人ですが、こうした脇の甘さによる失敗から学んでいる事を祈りたいと思います。

 閣僚人事とともに話題になったのは、自民党の浜田参議院議員が離党して総務政務官に就任した事でした。私は非常事態には「挙国体制」があってもいいと考えていますが、今回の人事は参議院で少数派になっている与党側が一本釣りで抱き込みを謀ったように見えてならないところです。自民党の側としても、党籍を残したまま「個人の資格」での政府入りを認めるような度量があってもいいのではないでしょうか。日系のノーマン・ヨシオ・ミネタ下院議員は民主党でありながら運輸長官として共和党のブッシュ政権に入閣していますし、その逆にオバマ政権のロバート・ゲーツ国防長官は歴代共和党政権下で要職を歴任し共和党のブッシュ政権下で国防長官任命された人ですが、民主党のオバマ政権でも留任しています。議院内閣制と大統領制と言う制度の違いはありますので同列に論じることは難しいのですが、もう少し人事に柔軟性があってもよいと考えます。

 

2011年6月27日 (月)

復興増税は本当に復興に資するのか

 政府の復興構想会議は増税によって復興財源を捻出すべきだと提言しています。確かに、未曾有の大災害でしたからその復興のために負担することは必要であると言えます。

 しかし、負担と言っても限度があります。また、直接の被災地でなくとも、既に震災によって仕事が減り、或いは全くないような状態になっている労働者や経営者は非常に多いのです。もともと我が国の経済は冷えていたところに、更に震災で冷えている。増税によって、更に景気が冷え込めばどうなるか。ますます負のスパイラルに陥る可能性が非常に高いように思われます。

 法人税を増税すると国際競争力が低下する云々はよく企業側から言われます。しかし、大企業を中心にこれまで随分と法人税は減税によって優遇されてきました。税制面だけではありません。国は労働法の規制緩和も行い、有利になるようにしてきた。労働分配率の低下や可処分所得の低下、それに中小零細企業の痛みは、大企業と言う親亀を生き残らせなければならないという、親亀あっての子亀の論理で正当化されてきた。社会保険にしても、先進諸国と比べれば随分甘い制度です。そしてその結果として、大企業は大きな内部留保を持っています。近年、日本の大企業は次々と海外脱出を試みるようになってきました。日本と言う国すら、既に「創業の地」程度の認識しかないのかも知れません。

 所得税や法人税の増税に関しては、大企業や富裕層からの反発が強い。彼らは数の上では圧倒的な少数派ですが、政治的影響力は絶大です。そうすると、この復興構想会議の答申は、最終的な落とし所を消費税増税にしようとしているのではないかと思われます。

 消費税増税は、既に没落している中間層以下の層により負担が重い制度であることは事実です。そして、大企業や富裕層を優遇すれば下層階級もそのおこぼれに与れるというトリクルダウン仮説は、全く経済学上のモデルに過ぎなかったこともここ二十数年で立証されてしまいました。従来の経済政策の延長線上で復興増税を行った場合、経済は更に低迷しすることになると思われます。

 このような時にこそ、国債が活用されるべきです。確かに、国の借金は大きく、財政破綻寸前だと言われ続けています。しかし、震災からの復興という明確な目的があります。そして、復興がなされれば復興関係の借金はふくらまずに済みますし、逆に税収が入ってくるようになります。もちろん、復興が時限的なものから離れて利権化してしまったり、復興の終了を打ち出して償還のための増税すべき時期に政府が増税をしないということになると、これは赤字の垂れ流しになる。しかし、今の路線のままで増税をすれば、経済の冷え込みによって税収が落ち込み、遠からず復興のために更に増税を繰り返すと言う悪循環に陥ることになるのではないでしょうか。それこそ、将来の世代に荒れ果てた国を残すことになる。

 なお、丹羽中国大使が軽率にもウイグルを訪れて日本のODAが必要だと述べていたそうですが、核兵器に加えて空母まで保有し、大艦隊を太平洋に泳がせている世界第二位の経済大国に対してこれ以上日本が援助する必要があるのでしょうか。私は、最早対中ODAは必要ないと考えます。また、日本は中国以外にも多額の援助を行っていますが、それも日本が経済大国であればこそできることです。今や、日本はその地位が揺らいでいる。この際、緊急に必要なもの以外は押さえて、一時的に復興にまわすということも考えられてよいのではないかと思います。

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