« 2011年5月22日 - 2011年5月28日 | トップページ | 2011年6月5日 - 2011年6月11日 »

2011年5月29日 - 2011年6月4日

2011年6月 4日 (土)

64天安門事件22周年

                    トウ小平

 民主化を求める学生運動を中国共産党が銃と戦車で弾圧してから22年になります。この時期、「中国」を名乗る独裁国家台湾でも民主化運動が高まっていましたが、それから22年が経ってみると、両岸はあまりにも対称的な道を歩むことになりました。

 22年前の経済状態は台湾の方が1970年代に高度成長を迎えた事もあってはるかに上でした。そうした点では、中国の指導者が「民主化よりメシだ」という考え方をもって「弾圧」に及んだ一定程度の正当化は可能です。しかし、当初から「共産党の一党独裁を維持するためだ」と言われ続けてきました。22年が経ってみると、民主化運動の弾圧の目的は、成長期を確保するための秩序維持のためというよりは、共産党の一党独裁を維持するためだったという意味合いが強かったのではないかと言えます。

 中国は世界第二位の経済大国になりました。オリンピックも万博も開催した。発展途上国に多くの援助も行っています。そうした実績を後ろ盾に、先進国扱いされることを要求している。にもかかわらず、中国は相変わらず共産党の一党独裁を変えようとはしていません。むしろ、こうした成長を「共産党の実績」であるとして、独裁体制の維持を正当化すらしている。そして、その陰で多くの人権弾圧を続けています。また、尖閣諸島や南沙諸島など、周辺諸国の領土を「実力」をもって実効支配下に置こうとしている。これもまた、外に敵を設定してその敵と戦い抜くために「共産党の強力な指導」が必要だと、独裁政権を正当化する根拠にされることでしょう。

 22年前の台湾は、確かに独裁国家ではありました。しかし、地方議会や首長は自由選挙で選ばれており、国会議員も大半は大陸で選出された「万年議員」であったにしても、台湾を中心とする「自由地区」では選挙が行われていました。政党は国民党とその衛星政党しか認められていなかったにしても、相当数が無所属で当選しており、「党外」と呼ばれた後の民主進歩党の萌芽もあった。これに対して今の中国では、そのような「段階的な民主化」すら行われる気配がありません。

 中国の民主化は、仮に中国の指導者がそれを決意したとしても、まだまだ時間がかかるのではないかと思います。しかし、民主化を進めなければ、中国が大国として国際社会で発言力を高めていくことに不信感を示す国は増えていくことでしょう。

 それでも、ヨーロッパ諸国は中国を「ビジネスの相手」と見ていればいいわけですが、日本や韓国は直接的な圧迫を受けることになりますから、事態は深刻です。

2011年6月 3日 (金)

ウソつき

                  川島正次郎

 要は勝つこと。負けた後に文句を言っても何の解決策にもなりませんよ

                        川島正次郎(1890年7月10日~1970年11月9日)

 「政治家の権力欲」というものを、まざまざと見せつけられました。よくここまで平気でウソをつけるものだと思います。

 まずは菅総理。正午過ぎの民主党代議士会では「退陣表明」したものの、その時期については年明けとも言われ、続いて「別に退陣時期は明言していない」と事実上撤回。加えて、12月まで国会を延長すると言いだしました。内閣不信任決議案も含めて議案はひとつの会期ごとに1回しか提出できないことになっているので、今の国会を延長し続ければ、不信任決議案を再提出されることはないわけです。

 次にローカルな話になりますが、名古屋市議会の減税日本の則竹議員団長。費用弁償を受け取らない・受け取っていないことを政治活動の主な目的にしておきながら、財産状況が苦しい事を理由としてひそかに受け取り、受け取った事が判明しないように隠ぺい工作までしていた事実が明らかになりました。それでも、「恩返し」のために議員は続けられるそうです。

 嘆かわしい話です。有権者が嘆くのは簡単です。

 しかし、こういう人を選んだのは有権者です。そして、「ウソをつくくらいなら辞めてもいい」「ウソをつくくらいなら落選した方がいい」と支援者がきちんと政治家に言えるのかどうかも大きいと思います。支援に一使用懸命になるあまり「多少手を汚しても当選しろ」というケースの方が多いのではないでしょうか。そう考えていくと、今回のような「不明朗な話」は実は不明朗でもなんでもないと言う事になります。「勝つこと」「権力を維持すること」が目的であると考えれば、彼らは「原理原則」に従って行動しているだけなのですから。

 「ウソも方便」とは言いますが、その「目的」が問題です。単なる権力維持のための「ウソ」はとても正当な目的のあるウソとは思えません。

2011年6月 1日 (水)

震災の政治利用対決

 衆議院に内閣不信任決議案が提出され、民主党内からも相当数賛成が出るのではないかと報道されています。

 確かに、菅内閣の震災対応も含めた一連の動きは余り評価できるものではありません。菅内閣を支持するかどうかと聴かれたら、私も支持しないと応えざるを得ない。特に、現地対策本部長が入院しながらそれを隠し、10日余に渡り責任者不在の状態にしてしまったことは、まことに失態と言わざるを得ません。政治家もスーパーマンではないのですから、体調も崩すでしょうし入院もするでしょう。それは仕方がない。ただちに後任か代行者を任命すべきでした。それをせずに、隠し続けていたと言うのは、国民に対する背信行為と言わざるを得ない。

 ただ、現状で解散をすべきかというと、少なくとも被災地を中心に広範囲に渡って選挙が執行できないと思われます。非常事態は続いているのですから、ここで解散と言うのは率直に言って国益を害すると思いますが、一方で総理の解散権は何らの制約もありません。不信任案が可決されないまま解散したとしても、国法上は合法です。反政府勢力は、総理が解散できないことを前提にして、揺さぶりをかけているわけです。解散となった場合でも、自民党としては政権奪還の絶好の機会です。

 政府勢力は震災を利用して政権延命を図り、反政府勢力は震災を利用して政権転覆を謀っている。ともに正義を振りかざしていますが、震災の政治利用という面では共通しています。二大政党制というのは、基本的に「自分の得点は相手の失点、相手の失点は自分の得点」というシステムです。これが大前提になっている以上、この事態は制度上避けられないものであると言わざるを得ません。

 確かに、アメリカやイギリスやドイツは挙国連立政権を作った事があります。ですが、アメリカの場合は大統領は議会とは無関係に選出され、当選後は政党をある意味では超越した存在として行政権を行使する。反対党からの入閣も戦時下でなくとも伝統的に多くの例が見られます。また、イギリスやドイツの場合は日本と同じ議院内閣制ですが、制度と慣行である程度「議席が固まり、相応に当選しやすい」ため、日本ほど議席確保にコストをかけずに済んでいる。こうした点は見逃せません。

 日本は議院内閣制の上、議席確保にかなりのコストがかかる制度を選択してしまっています。国民の多数意見が「政権交代可能な制度にして、政治家は血を流せ、議員定数を減らせ」であり、現行の制度でかつ議員定数を減らしていくことは民意に沿っていると考えられますが、それがかかる混乱を招いていると言えます。

 政府勢力にしても反政府勢力にしても、政治抗争であり負ければ政治生命を失いかねないですから、引くことはできないでしょう。残念です。

2011年5月31日 (火)

今後、李政権を相手とせず

                                             Kim Jong-Il.jpg

 「お前は交渉相手ではない」「火の海にしてやる」とは北朝鮮が毎度お馴染みで使う恫喝の言葉です。ヤクザの脅し文句とそう差はありません。そして、情けない事に韓国や日本の歴代政権は、北朝鮮に恫喝されると慌てて懐柔しようとし、結果的にこの二十年ばかり北朝鮮を延命させてきました。

 北朝鮮の国防委員会は30日に、李明博政権を交渉相手とせず、南北の軍事通信回線も遮断すると発表しました。北朝鮮の声明のニュアンスとして、対北朝鮮強硬派である李政権のみを相手にしないのか、韓国政府そのものを相手にしないのか、どうも釈然としません。

 経済発展した韓国としては「統一」も「戦争」も実は嫌で、当面は現状維持を望んでいる。このため、北朝鮮を刺激せずに経済援助してなだめようとする親北朝鮮派が一定の勢力を持っています。金大中と盧武鉉と二代に渡り親北朝鮮政権が続き、特に盧武鉉政権では敵は北朝鮮ではなく日本であるという態度すら取りました。これが李明博大統領への政権交代で変わったわけです。再度政権交代が行われて親北朝鮮政権ができれば、北朝鮮としても交渉に応じるという意味を韓国国民に向けて発しているとも考えられます。

 実際、先の砲撃事件の後に行われた韓国の統一地方選挙では李明博大統領率いる与党は惨敗してしまいました。それでも一貫して強硬策を続けている李大統領の姿勢は誰かさんに見習ってほしいところですが、戦争を恐れるあまり北朝鮮を懐柔しようと次の大統領選挙では親北朝鮮勢力の推す候補者に票が集まる可能性は高いと思われます。

 大韓民国大統領は任期5年で再選は認められておらず、このため政権末期には常にレームダック状態になるのが慣例化しています。アメリカ大統領でも2期8年つとめると、末期の2年位はレームダック状態になるのが常ですので必ずしも韓国特有の現象ではありませんが。そして韓国では、レームダック状態になると「反日」が出てくる。

 日本の安全上、北朝鮮に韓国が援助をしてしまっては、何のための経済制裁か分からなくなりますし、その援助の中に紛れたものが日本を狙う大量破壊兵器に化けるのは歴史が教えるところです。そして、韓国が盧武鉉政権の時のように「北朝鮮は兄弟で真の敵は日本」などと言いだしたら、日本の安全は更に脅かされることになります。

 李大統領が今の姿勢を貫けるかどうか、北朝鮮の瀬戸際外交と南北の緊縛関係はまだまだ終わりそうにありません。

2011年5月29日 (日)

『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』より

 ナチスが共産主義者を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。

 次にナチスは社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。

 次に学校と、新聞と、ユダヤ人たちが攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。

 ナチスはついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した―しかし、それは遅すぎた。

                

                 フリードリヒ・グスタフ・エミール・マルティン・ニーメラー牧師

                  (1892年1月14日~1984年3月6日)

 腐敗や抑圧を、多くの場合人は「人ごと」だと思ってスルーしてしまう傾向があります。むしろ、「他人の不幸は蜜の味」としてひそかに喜んでいることすらある。しかし、見逃し続けていれば、いつか自分の身にふりかかってくることになります。

 先日、検察のねつ造が暴かれて再審で無罪判決が言い渡される事件がありましたが、世間一般が関心を持っているかといればそうではありません。日本人の処罰感情も変わっていない。

 一番恐ろしいのは、大衆の「無関心」ではないかと思います。ニーメラー牧師の詩は、私たちに無縁の話ではないのではないでしょうか。

« 2011年5月22日 - 2011年5月28日 | トップページ | 2011年6月5日 - 2011年6月11日 »