« 2011年5月8日 - 2011年5月14日 | トップページ | 2011年5月22日 - 2011年5月28日 »

2011年5月15日 - 2011年5月21日

2011年5月21日 (土)

市邨学園事件

 学校法人市邨学園を被告とする平成23年5月20日の名古屋地方裁判所の判決は中学時代のいじめが精神障害を引き起こし、それが原因で自殺に至ったとの因果関係を認定しました。総じて、いじめが原因とされる事件で因果関係を立証するのは難しいだけに、過去のいじめと自殺との因果関係を認定した珍しい判決と言えるのではないかと思います。

 いじめの問題は、大抵の場合連鎖的な自殺が続くとマスコミが騒ぎ、一時的に話題になるも沈静化するというサイクルを数年単位で繰り返してきたように感じます。マスコミの取り上げ方も、いじめの問題よりは新しい手口を面白がって紹介している傾向も強く、報道が新たないじめを生んでいるのではないかという問題も識者によって以前から指摘されているところです。

 私自身、小中学校でいじめを受けた経験を持っています。丁度、いじめを理由とした自殺が多発し、いじめが一定の注目を浴びていた頃でした。既に二十年近く前の事ですので、さすがにインターネットを利用して悪口をばら撒かれるというようなことはありませんでしたが、陰湿なことは多々あった記憶があります。「ふざけていた」という弁明は今でも加害者側の弁明の典型として使われていますが、私がよく記憶しているのは「お前を鍛えてやっている」という口実の元に行われたいじめでした。建前上「好意」を表に出して友達だからという理由をつけてきますから、断るに断れず、苦しい思いをしたものです(本当に友情から殴る蹴るをして鍛えてくれようとしたのかも知れませんが、それでしたら親愛の情を示す方向性が間違っていたと言わざるを得ず、一種の感謝強盗であったと言えましょう)。

 いじめでの自殺をめぐる裁判は、全般的に遺族特に親が最早何も失うものはないという心境に達して提訴に至るケースが多いと言う点で、過労死裁判と似たような所があります。そして、立証が難しいという点でも同様です。ともに、証拠を握っている学校と企業は自分に不利な証拠は開示しませんし、強制的に開示させることもできないわけですから。

 今なお、いじめは社会性を養うために必要悪だとか、いじめられる者が悪いということを言う者は決して珍しくはありません。恐らくは、いじめられた経験がないからでしょう。そして、このような裁判が起きる度に「訴訟社会になって嘆かわしい」というようなコメントが出てくる。訴訟と言う制度がなければ、本件の場合学校側は逃げ続け、逃げ切ったことでしょう。

 私立中学の場合ですと、被告は運営する学校法人と言う事になりますが、もし公立中学校であれば設置母体を被告として賠償請求することになる。中学時代にいじめが行われ、それが原因で精神疾患を発症して自殺に至った今回の事例を当てはめれば、公立中学校とその設置母体としても、卒業後に起きた自殺であるから知ったことではないとは最早言えなくなります。

 いずれにせよ、いじめを含むハラスメントに対しては、義務教育段階でしっかりとした対応をしなければならないことそのものも教える必要がある。将来の企業組織でのハラスメントを防止する効果もあります。職業体験と称して「非正規労働」を体験させるために受け入れ先探しに四苦八苦するより、もっと先にやるべき「社会教育」があるのではないでしょうか。

 いじめというのは組織の体質から生じるものですから、簡単に変わるものではない。過労自殺の事件等を見ても、いじめを認定した判決を受け入れることは組織の過ちを受け入れることになりますから、簡単には認めない。控訴する可能性は十分にあるのではないかと思います。そして、組織そのものは国や地域や規模によって一定の法則性があります。例えば、我が国においてはあまり法的な拘束を受けない組織を作らせた場合、封建的色彩が強くなり、親分子分の関係が作られ、顔を立てた立てないで揉める。暴力団がこの典型例ですが、暴力団以外にも、何故かこのパターンが多く見られます。

 ともかくも、過労自殺のリーディングケースとなった電通事件の例を見ても、自殺の原因は他にあると故人のプライバシーを徹底的に暴き立てる戦術が取られています。本件では学校側はいじめ自体を否定していますから、同じような戦術が取られるかもしれません。今後の訴訟の推移を見守りたいと思います。

2011年5月20日 (金)

2012年中華民国総統選挙

      Ma Ying-jeou Berkeley 2006 (cropped).jpg     Tsai Ing-wen 2009.jpg

      馬英九総統(国民党・現)       蔡英文主席(民進党・新)

 来年(2012年)1月には中華民国(台湾)の総統選挙が行われます。今のところ、国民党は現職の馬英九総統を擁立し、民進党は党主席の蔡英文元行政副院長を擁立する予定で、一騎打ちと見られてきました。ところが、最近になってから台湾独立を主張する第三の候補者が出てきて、色々な憶測を呼んでいます。第三の候補者は泡沫候補とは言わないまでも当選の可能性は極めて低いと見られていますが、「票が割れる」ことになるためです。

 ちなみに、過去の総統選挙を見ても、二大政党以外の候補者が当選した例は皆無です。一番可能性が高かったのは2000年の総統選挙で国民党を離党して立候補した宋楚瑜元台湾省長が現職副総統の連戦を抜いて二位につけ、当選した陳水扁前台北市長に僅差まで迫った時ですが、それでも当選はできませんでした。ちなみに、長い歴史を持つアメリカ大統領選挙でも、二大政党以外の党から立って当選したのは、当時二大政党ではなかった共和党から立候補して当選したアブラハム・リンカーン大統領の例があるだけです。

 一般的には独立派の票が分散することになり、更に本籍地でしか投票できない制度のため1月に総統選挙を行う事から試験中の学生が投票できず、全般的には国民党有利になるともいわれていますが、台湾の世論は見方によってかなり変わってしまうところがありますし、台湾の有権者は現状維持を望み、統一も独立も過激な意見を出す候補者は忌避される傾向にあります。更に、総統選挙までまだ半年あり、中国やアメリカの動きともからんで、まだまだどうなるかは分かりません。

 ちなみに、台湾の総統選挙で現職総統が立候補して敗れたケースは一度もないことから、諸事情を考慮しても現職有利ということは言えるでしょう。これは何も台湾総統選挙だけでなく、アメリカやフランスの大統領選挙でも同じ傾向にありますが。

 また、過去の台湾総統のキャリアを見ると、蒋介石総統を除く歴代総統はいずれも自治体トップの経験を持っています。特に、李登輝総統以降の歴代総統は全て台北市長の経験者です。台湾の地方自治は日本の自治を下回り、「一割以下」と言われています。直轄市を除くと「地方議会」すらありません(住民とのパイプ役を果たす役割の人たちはいるようですが)が、それでも組織のトップをつとめると「地位が人を作る」こともあるのでしょう。

 台湾では日本と異なって複数の自治体トップを経験することも珍しくなく、先の2008年総統選挙で民進党の副総統候補だった蘇貞昌元行政院長は屏東県長を一期つとめたあと落選し、その後台北県長(台北県は2010年末に県内の全自治体が合併して新北直轄市に移行)を二期つとめた経験があります。この点で、蔡主席は新北市長選挙に立候補したものの落選しており、過去のキャリアを見ても自治体トップの経験はありません。この点で、不利と言えるかもしれません。ただ、陳水扁台北市長が現職ながら市長選挙で落ちて総統に当選した例はありますので、市長選での落選そのものは左程マイナスにはならないとも考えられます。このあたりは日本の感覚とはかなり違うと言えます。町議に落ちた私が県議に出ようとすれば「町議にも当選できない奴が・・・」と言われるのが日本の感覚ですが、台湾の場合は少なくとも総統選挙に関しては市長選挙の落選者が候補者になることに違和感はないようです。特に民進党の場合、陳元総統は台北市長に落選、謝長廷元行政院長も台北市長に落選しており、蔡主席が1996年総統選挙の彭明敏元台湾大学教授を除くと、みんな市長選落選経験の持ち主と言うことになります。

 台湾は「親日国」と言われており、実際に東日本大震災においては多額の義捐金を拠出してくれています。李登輝元総統は日本の右寄りの人たちからは神様扱いされており、台湾の若い世代と日本の文化との結び付きも強い。しかし、かつての日本統治時代に「日本国民」であった人々や、日本を敵として戦った故に日本を知っていた世代は台湾政界からはほぼ引退してしまっています。ざっと見たところ、呉伯雄元内政部長が国民党名誉主席として残っているくらいでしょうか。一方で、日本文化に親しんで育った世代は戒厳令解除後ですから、基本的にはどんなに年長でも三十代。つまり、現在の台湾政界の中心となっている世代は、日本との関わりが相対的に薄かった世代と言えます。厳しい見方をすれば、隣国であり同じ自由主義国・民主主義国であると言う共通の価値観はありますが、かつてのように無条件に日本に対して愛着を持ってはもらえないということです。日本としても、台湾の友誼に甘えているわけにはいかない。

 特に、菅政権は東日本大震災で台湾からの救援隊受け入れを中韓の後に回す等、中国に媚び諂うあまり台湾の善意を踏みにじることを平然とやってきた前歴があります。にもかかわらず、馬総統は先日の講演で「日本を特別なパートナーと位置づける」と述べています。親中反米と陰口を叩かれている馬総統ですら、日台間の連携がなければ台湾の主権は守れないことを自覚してのことと言えるでしょう。同時に日本も、台湾の位置付けによって安全を確保できるかどうかが変わってきます。今のところ、ボールは台湾から日本に投げられているわけで、これをどうするかが日本の命運を左右することになるでしょう。

 台湾は「中華民国」を名乗る国家であり、北京政府と並ぶ「もうひとつの中国」です。しかし、台湾政府を「中国」として国交を結んでいる国はほとんどありません。国交のある国の数や国際機関への正式参加だけで見れば、北朝鮮よりも孤立している国とさえ言えます。にもかかわらず、諸外国との経済的な結びつきは強く、正式な外交関係のない国とも実務的関係は存続しています。そして、ひたすら中国政府に媚び諂ってきた歴代の日本の政権と異なり、実務関係を利用して台湾との結びつきを強化している国は多いものです。

 台湾政治はその時々の対米関係や対中関係によって変動してきた側面が非常に強く、今後もその傾向は変わらないでしょう。アメリカと中国の綱引きの場になる。しかし、台湾人は日本人よりある意味したたかで、政治に対する関心も強いため、台湾は今後も国際社会を巧みに泳いでいけるのではないかと思います。しかし、日台関係如何によっては、双方の安全が脅かされることになる。とりあえず、台湾の与野党とも、基本的には対日関係を重視している事を忘れてはなりません。台湾からの友誼を無視しているのは日本の側なのです。こうした事実関係を考慮すると、「民進党・李登輝元総統=独立派=親日・台湾を愛している」、「国民党=統一派=反日・台湾を愛していない売国奴」という図式を鵜呑みにすることは日本にとって大変危険です。

 来年の今日、5月20日が第13任総統の就職典礼が行われる日となりますが、孫文の肖像を前に右手を挙げて就任の誓詞を読み上げるのは誰になるのか。半年間、台湾政治から目が離せません。

2011年5月19日 (木)

願わくは、新時代においても、高齢の者に長きに渡る影響力が与えられん事を

                   ルドルフ皇太子

 願わくは、新時代においても、高齢の者に長きに渡る影響力が与えられん事を。

              1883年 8月15日 「新ウィーン日報」掲載

                            ルドルフ・ハプスブルク=ロートリンゲン

                           (オーストリア=ハンガリー二重帝国皇太子)

 ルドルフ・ハプスブルク=ロートリンゲンはオーストリア=ハンガリー二重帝国の皇太子であり、日本ではマイヤーリング心中事件が「うたかたの恋」として知られています。父親である保守的な皇帝フランツ・ヨーゼフ1世とは対照的に自由主義的な人物でした。

 頑なに改革を拒み、また社会が変わりつつあることを認めなかった父親(晩年には認めていたようですが)とは度々衝突を繰り返し、当時のウィーンの新聞にも寄稿しています。取り上げた一文は、1883年8月15日に「新ウィーン日報」に掲載されたもので、父親に対する強烈な皮肉を読み取れます。

 それでも、帝国の世継ぎとして「保守的な皇帝」になるためのレール上を走ることを求められたルドルフは、国と自分の前途に絶望して、愛人の16歳の男爵令嬢とピストルで心中してしまいます。そして、オーストリア=ハンガリー二重帝国は保守的な体制を維持したまま更に存続しますが、ルドルフの後の皇太子となったフランツ・フェルディナンドはサラエボ事件で暗殺され、それをきっかけに第一次世界大戦に突入し、戦後に解体され、中世以来のハプスブルク帝国は消滅することになりました。

 フランツ・ヨーゼフ1世とルドルフの確執を調べていくと、旧体制に固執することが、かえって旧体制そのものを根こそぎ破壊してしまう事に繋がることに気づかされます。もし、オーストリア=ハンガリー帝国が19世紀末に自由主義的な方向に舵を切っていれば、ドイツ帝国に引きずられることもなかったでしょうし、ボヘミアなどを中心に工業基盤の整備も進んでいましたから、健全な市民階級・中産階級が政治を担う事も出来た筈です。強力な帝政はなくなっても、またいくばくかの領土は失っても、「ハプスブルク帝国」は1920年代以降も生き延びることができたのではないかと思われます。

 「第一次世界大戦後のドイツにカイザー(皇帝)を残しておけば、ヒトラーの台頭はなかったであろう」と第二次大戦中にアメリカ政府内で言われていたそうですが、同じ事がオーストリアにも言えそうです。オーストリアに象徴であってもカイザーが残っていればナチス・ドイツと言えども併合するのは難しかったであろうと考えられます。何しろ、「ドイツ」の中心(ドイツの定義をどうするかで変わってくるものの)は1867年にプロイセンを中心とした北ドイツ連邦が結成されるまではオーストリアだったのですから。ちなみに、第二次大戦中のアメリカ政府の認識が、日本に天皇制を存続させるひとつの要因になったとも言われています。

 また、旧体制に位置する人物であっても、必ずしも旧体制を墨守する存在にはならない。これは血統よりも、世代や受けた教育の結果であるところが大きいように思われます。特に、高等教育や自由主義的な教育を受けると、旧体制の抱える問題が見えてくる。これは、旧体制の中にいれば、体制の「内側」にいるだけに、外側から見るよりもより鮮明に見えたに違いありません。

 ただ、ルドルフ皇太子の例を見ても分かる通り、往々にして「上」は旧体制を墨守することしか考えていない事が多い。同世代にしても、教育の程度によっては理解者とはなり得ない。自由主義的教育を受けていないシュテファニー皇太子妃とルドルフ皇太子が不仲であったことはその一例です(このため、ルドルフが離婚をローマ教皇に申し出てそれが父親にバレたことも自殺の遠因と言われています)。

 「うたかたの恋」などでは、結ばれない関係の果てに自殺することになっていますが(悲恋をネタにする作品は大抵そのような筋書きになっている)、むしろ政治的立場が理解されないこと、国の前途を悲観していたこと、そして何より自分としては不本意な悲観的な方向に国を引っ張っていくことを求められ続けていたことが原因だったのではないか。私にはそう思えてなりません。

2011年5月17日 (火)

「スポーツ権」の明記は本当に必要か

 現代の憲法学を学ぶ上で最初に教わる事は人権が主として自由権に基づくところからはじまったということです。その後参政権や社会権へと広がり、更にプライバシー権や環境権などが生み出された結果今や「人権のインフレ」と言うべき状態になっていると指摘されています。私自身はリバタニアンではなくむしろ福祉国家論者ですから自由権以外の人権を一段低く考えるべきだという意見には全面的に賛同はできませんが、かといって何もかも「人権」としてしまうことで「人権のインフレ化」になっていることは認めざるを得ません。

 民主党は準備している「スポーツ基本法案」において、「スポーツ権」なるものを明記しようとしています。法案はスポーツ権に関し、前文で「すべての国民がスポーツを楽しむ機会が確保されなければならない」と規定しているそうですが、そこまで権利を明記する必要があるのでしょうか。

 そもそも、「スポーツ」は趣味嗜好の範囲内に属するものです。もし、「スポーツ権」が認められるのであれば、当然「スポーツをしない権利」「スポーツを強要されない権利」も認められてしかるべきでしょう。

 私はスポーツをする自由は当然あっていいと思いますが、スポーツばかりを「優遇」している我が国の現状には大いに不満を持っています。教育改革では技術や音楽の授業時間数よりも突出して体育の時間数が増やされています。部活動にしても、体育会系の部活は数も多く選択肢があるのに対して、文化系の部活は少ない。私が中学校に進んだ時、体育会系の部活は一通り揃っていましたが、文化系は僅かに吹奏楽部か美術部が選択できるだけでした。高校進学にあたり「文化系の部活に所属していることは体育会系の部活に所属しているよりも不利に扱われる」とも言われていたものです。

 我が国では明治以来、スポーツと体育は事実上イコールでありました。スポーツと体育の概念を明文で分離し、全く別の概念であり全く別の政策によってスポーツを振興するならばともかく、この二つの概念を混同した状態でスポーツを振興すると言う事は、体育振興とイコールと考えざるを得ない。旧ソ連や中国では体育をもって青年層を共産党のもとで団結させ、余計なことを考えさせない思想統制と不満分子の摘発を行ってきたという事実を忘れてはなりません。ナチス・ドイツではガス室にすら送っていた。スポーツ振興の美名のもとで、国民を統制する意図があるのではないかと疑いたくなります。

 私自身は文化系の人間です。音楽や読書は愛しますが、スポーツをわざわざしたいとは思わない。趣味・嗜好だけでなく、思考の面においても体育会系の持っている上限関係のような封建的硬直的思考とは正反対です。小学校の頃から「先輩だから」「目上だから」で思考停止状態になってしまう体育会系の者たちに総じて粗野で乱暴で無知という印象を持ってきたこともあります。このような国民を増やそうと言うのは私に言わせれば狂気の沙汰です。もっとも、体育会系は強い者に対しては礼儀を欠くことはないようですから、強い立場や権力者にとっては問題には見えないのでしょう。無論、仁や義に厚い者や知性のある者もいないわけではなかったのですが、絶対的に少数派でしかありませんでした。

 政治家は総じてスポーツマンである事をPRしますし、選挙は体育会系の人脈がないと圧倒的に不利だと言われています。その点で、法案を提出しようとしている政治家自身が親和性を持っていると見てよいわけですが、その裏には「スポーツ振興」の名の元に、運動施設を作りたいと言うのが本音なのではないでしょうか。それがスポーツ団体と言う圧力団体に要求されてのものなのか土建業者に要求されてのものなのかはともかくとして。

 結論から言って、「スポーツ権」など明記して新たな「人権のまがいもの」を作る必要はないと考えます。「スポーツ権」を保障するために道路並みの基礎的インフラと同じように運動施設を作れと言う事もなりかねない。そもそも、憲法に「健康で文化的な・・・」という一文があるのですから、ここに含み込まれると考えれば足りる。もし、どうしても「スポーツ権」をわざわざ書きたいのなら、均衡上「文化権」を明記する法律を同時に作るべきです。

« 2011年5月8日 - 2011年5月14日 | トップページ | 2011年5月22日 - 2011年5月28日 »