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2011年5月8日 - 2011年5月14日

2011年5月14日 (土)

爾後菅政権ヲ對手トセズ

爾後國民政府ヲ對手トセズ

                

    1938年 1月16日
     内閣総理大臣 公爵   近衛 文麿

 1938年1月16日、支那事変の最中において、当時の内閣総理大臣近衛文麿公爵は、蒋介石の指導する国民政府(のちに重慶を首都として抗日戦争を戦い、終戦後は南京を経て国共内戦で台北に遷都して現在に至る系譜のもの)を交渉相手にしないという、所謂「第一次近衛声明」を発表しました。これによって、日本と中国は双方の大使を帰国させることになり外交関係は断絶し、交渉ルートがなくなってしまいました。

 この声明の直後から、近衛は「あの声明は軽率だった」と第二次世界大戦後に自殺するまで後悔していたそうですが、これこそ「覆水盆に返らず」「後の祭り」と言うべきです。この点で、オバマ大統領の方が、まだ頭を使っていると言うべきでしょう。さすがに、面と向かって「爾後菅政権ヲ對手トセズ」とまでは言っていないわけですから。

 それでも、ワシントンの気持ちとしては、菅政権は最早交渉に値しない政権なのでしょう。菅総理の訪米と日米首脳会談が先送りされ続けているのは、その証左であると考えざるを得ません。

 一方の菅政権も、鳩山政権を引き継いでアメリカとの関係は大して重要視していないように見えます。尖閣諸島沖での巡視船と漁船との衝突事件の後、日中関係が悪化する中で、中国の胡錦濤国家主席に一目会うために菅政権は当時の仙石官房長官以下涙ぐましい努力を続けたものです。その結果、ほとんど「通りすがり」に「挨拶をしてもらえた」ことをもって、外交上の大成果だと喧伝した。国辱ものの土下座外交ですが、中国に対してはそこまで気を使っていたわけです。これに対して、アメリカに対してはそのような配慮は全くしていない。私は対米土下座外交も真っ平御免ですが、中国に対してあまりにも態度が違っては、アメリカとしてもいい気はしないでしょう。

 鳩山内閣の頃から、民主党政権は「合意は守られるべし」という外交の大原則を忘れ、国内と特定アジア諸国の「人気取り」のための政策とも言えない思いつきを矢継ぎ早に発して行きました。その一方で、アメリカとの合意は簡単に踏み躙った。これでは、アメリカ政府が日本政府を信用しなくなるのも最もな事ではないでしょうか。

 残念ながら、仮にオバマ大統領が「爾後菅政権ヲ對手トセズ」という声明を出したとしても、何の後悔もしなくて済むのではないかと言わざるを得ません。蒋主席が辛抱強く日本に抵抗したのに比べて、菅総理にはそこまでの信念も底力もなく、遠からず政権の座を追われるであろうことは誰しも予想している事だからです。

 ほとんど諦めていることではありますが、菅総理にはワシントンに猛省を促せるような対応を取ってもらいたいものです。(アメリカに冷たくされたから中国をはじめ特定アジア諸国に擦り寄ると言うものではないことは勿論の事です)

2011年5月12日 (木)

法的にできることとできないこと、できるとしても道徳的にしてはならないこと

 場合分けをして考えてみましょう。タイトルの問題については、次のような組み合わせが考えられます。

  1、法的にも道徳的にも許されないもの。

  2、法的には許されないが、道徳的には許されるもの。

  3、法的に許されているが、道徳的には許されないもの。

  4、法的にも道徳的にも許されているもの。

 事件になっているユッケをめぐる食中毒の問題の根本的なところでは、経営者の道徳や倫理感が問われていると言えます。特に、法的な規制がないとしても、ただちに道徳的に許されるとは限りません。

 ただ、道徳は必ずしも法律とイコールではありませんし、個々人の価値観によっても変わってくるものです。そして、法律以上に曖昧なところが多い道徳は、法律よりも無視しやすい存在であることは否めません。一方で、特にローカルなコミュニティにおける道徳的基準に目を向けてみると、不可解なものや人権抑圧的なものけだし違法なものも散見されます。

 私の文章が難しいと言う指摘がありますが、このような事例を検討する場合に、抽象的な理論ではなく卑俗な具体例を挙げれば分かりやすくなります。性的関係をめぐる日本と諸外国・時代の比較などは具体例として挙げられますし、読まれる側も感覚的に理解しやすいものと思われます。そして、このブログでそのようなことを書くことは、誰からも規制はされていません。

 しかし、法的には問題ないとしても、道徳的にはどうでしょうか。このブログは私が政治活動を行っている際にはリーフレットと名刺にURLを刷って配布することで周知されていますし、去る4月24日に執行された長久手町議会議員選挙では選挙公報にも掲載されています。そして、有難いことに選挙が終わった今もなお毎日相当なアクセスがあります(むしろ、選挙が終わると同時に増えています)。そのような場で、いくら分かりやすい例だからとしても、露骨な性的問題を例として書くことは道徳的に許されないと考えざるを得ません。

 市民の側も、改めて考えるべきでしょう。何しろ、「生活者の視点」とか「消費者の視点」ということを騒いだとしても、生産者や提供者も一面では消費者であり、生活者や消費者もまた生産者や提供者になっているからです。被害者になる可能性もあれば加害者になる可能性もあります。これを機に、身辺を見直してみるのも悪いことではないでしょう。

2011年5月 9日 (月)

西成労働福祉センター虚偽労働条件求人事件

 財団法人西成労働福祉センターにおいて、ダンプ運転手として募集された労働者が、福島第一原発での労働を強いられていたと言う事実が明らかになりました。虚偽の労働条件をもって求人がなされたものと思われます。

 今回の事件では、労働者側から労働条件と全く異なる「防護服を付けて瓦礫の除去作業をさせられている」という申告があったため発覚に至りました。西成労働福祉センターは日々雇い入れられる者所謂「日雇労働者」の求人を多く扱っているところですから、この労働者も労働条件と異なるからと言って、全く働かずに東北から大阪に自費で戻ると言う事は難しかったのでしょう。この点において「嫌なら辞めればいい」という理屈は、簡単にできるものではないことを頭の中に入れておく必要があります。

 提示された労働条件と実際の労働条件が異なると言う状態はまま見受けられるもので、それ自体はさして珍しいものではありません。しかし、ここまで悪質なものは稀であると言えます。提示された労働条件と実際の労働条件が異なる場合、労働者としては労働契約の即時解除が認められています。労働契約は民事上の契約ですから、債務不履行とか不法行為として民事損害賠償請求の根拠にもなりそうですが、今のところ労働契約が異なる事をもって民事損害賠償請求訴訟が提起されたという話は聞いたことがありません。

 職業紹介する機関が実際に労働条件を綿密にチェックできるわけではありません。法律上、ハローワークであった場合違法な労働条件を提示してきた者の求人を拒めるだけです。今回のケースでは提示された労働条件は違法とは言えませんし、原発で瓦礫の除去をさせる仕事そのものも違法な労働条件で働かせているとも言えません。ただ、提示された労働条件とはあまりにも異なり過ぎているというところに問題があります。

 日本は西欧諸国と異なり、ブルーカラーであっても多能工的な働き方が求められる国です。例えば、採用時は経理に配属されていた者が総務に移動したり、開発現場にいる者が人事に移動することは珍しいことではありません。また、配置転換とともに賃金も変わります。採用後に職務内容が変わることが珍しくない国において、労働条件を厳密に提示することはかなり難しいと言えます。採用側としては、労働者配置のフリーハンドを確保しておく意味においても、労働条件の厳密な提示や、提示された労働条件と異なる労働条件であった場合の罰則はない方が良いわけです。

 しかしながら、虚偽の労働条件で募集し、危険な現場に送り込んだ今回の事件において、求人者が何のペナルティーも受けないと言うのは明らかに正義に反するのではないでしょうか。原発労働者の募集はただでもよく分からない労働者募集や下請けの世界の中でも更によく分からない分野であり、明らかになっていない点が多いところから考えて、同様の事例は他にもあるのではないかと考えられます。

 あまりにも事実とかけ離れた労働条件での募集や、悪質な虚偽による労働条件での募集を行った企業については、企業名の公表や公共職業紹介機関で一定期間募集を受け付けないと言うような法改正も必要と思われます。ビジネスの世界に限らず、無責任な悪人は法の網をかいくぐりますから、法の網すらなければ、自己中心、好き勝手、やりたい放題がまかり通るのは必至であるからです。民間の職業紹介事業者もかかる事業主とひそかに情をつうじていたのであれば、厚生労働大臣による許可の取り消しも当然でありましょう。

 このような事件を「人ごと」と考えるべきではありません。このようなやり方も「合法」で「何のペナルティーもない」ということになれば、同じような手口で労働者を募集して働かせる方法が常態化しかねない。そして、誰もがその被害者になる可能性があると言えるからです。

 福島の原発では日当40万円で募集しても人が集まらないと言う報道がされていました。今回被害に遭った労働者に提示されていた日当は1万2千円(中日新聞の報道によれば実際に支払われたのは2万4千円との事)だそうですから、差額相当額を誰がポケットに入れたのか、そのあたりも気になるところです。原発は土建業と並んで「中間搾取」の蔓延する世界だと言う噂が以前からありますが、このような事件が起きてはその疑いを拭い去る事ができないのは私だけではないでしょう。(日当40万円を支払っても東京電力があくまで下請けに作業をさせているということは、直接雇用したら日当で40万円支払うよりもっと高い代償を払わされるゆえではないかと考えると、また恐ろしくなりますが)

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