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2011年4月24日 - 2011年4月30日

2011年4月29日 (金)

ウィリアム王子結婚式

 イギリス王室の慶事をお喜び申し上げます。

 もっとも、「豪勢な監獄入りの行事」と皮肉な見方も出来なくはありません。王室皇室特にイギリス王室における泥沼劇は毎度のことだからです。キャサリン妃殿下が、今後「茨の道」を歩まれるであろうことは容易に想像できるところです。

 チャールズ王太子をめぐる泥沼の三角関係はダイアナ元妃が死去した後も記憶に鮮明なところですが、それ以外にもゴシップには事欠きません。何しろ、今のキャメロン首相すら、ウイリアム4世が妾に産ませた子の子孫なのですから(ちなみに、庶子に王位継承権が認められなかったため、ウィリアム4世の後継になったのが有名なビクトリア女王です)。

 結婚式は英国王室即ち英国国教会の儀式によって行われていますが、これを見ていると英国国教会がカトリックから分離したものであることが実感できると思います。華やかな儀礼や高位聖職者の衣装などは、プロテスタントの式典よりもカトリックの式典に明らかに近いのですから。

 同時に、聖歌隊の中には黒人や東洋系の少年の顔も見えます。イギリスが「移民国家」となり、その国民も変容してきている証左と言えましょう。

 イギリスと言えば、伝統的に「海軍国」でした。日本の海上自衛隊の先祖にあたる大日本帝国海軍の師匠はイギリス海軍だった。1981年のチャールズ王太子の結婚式で、王太子は海軍の軍服を着用して式に臨まれました。しかし、ウィリアム王子は空軍大尉であり、今回の式典で着用している軍服の胸にはウイング・マークが取り付けられています。

 イギリス海軍は第二次世界大戦後縮小を続けてきましたが、昨年の末からはそれが加速しています。ハリアーの退役により軽空母も事実上全廃されてしまい(次の空母は建造中ですが、就役はまだまだ先です)、新型駆逐艦の計画数は12隻から6隻に縮小され、まだまだ使えるフリゲイトや揚陸艦や補給艦も続々と退役している。

 ウィリアム王子の軍服から、イギリスが外洋海軍中心の安全保障戦略から、転換しているのではないか・・・と考えてしまっているのは私だけでしょうか。(もっとも、他の多くの国の空軍が「陸軍から分離した」という経緯を辿っているのと異なり、イギリス空軍はイギリス海軍から分離したという形式を取っていますから、その点ではウィリアム王子もイギリス海軍の末裔と言えるのかも知れません(日本の航空自衛隊の一等空尉も含めて空軍大尉は陸軍大尉と同じく「キャプテン」と呼称されますが、ウィリアム王子の任官している「空軍大尉」の階級は海軍大尉と同じくルテナントと呼称されています))

ブログは続けさせていただきます

 先の選挙におきまして有権者の皆さんから失格と判断された私であります。多くの方々にご迷惑をおかけしました。その意味からも、暫くは謹慎し、周囲のご意見に謙虚に耳を傾けたいと思います。

 ですが、様々な問題に対して考えることを止めることは、自分にはできないことであり、何人かの方の励ましもあり、このブログは続けさせていただくことになりました。

 ただし、落選と言う事情を踏まえまして、長久手町に関する争点や論点についてはできるだけ差し控えさせていただき、従来からの私の専門である労働問題や大学院時代に関心を持って学んできた国際法・国際情勢についての話題の比重を多くしていきたいと考えます。

 それでも、読んでいただければ幸甚であります。

     平成23年 4月29日

             水野 勝康

追伸

 なお、選挙事務所は閉鎖致しましたので、もし私に対して連絡を取る必要がある場合には、下記のメールアドレスまでお願い申し上げます。

 mizuno-k19800227AThotmail.co.jp

 (ATを@に直して送信してください)

名古屋市議会議員の給料800万について

 首長と議員の違いは、単に行政府と立法府の役割の違いだけではない。日本に限らず資本主義先進国における行政機構の肥大化はかねてより指摘されてきたところだが、首長は巨大な行政機構のトップの地位にある。小さな政府か大きな政府かの議論はともかくとして、立法府より圧倒的に強大な組織のトップであると言う事実は疑いようがない。

 翻って、議員は首長に比べて数こそ多いが、その活動を支える基盤は個人後援会にしろ政党支部にしろ、行政機構に比べれば実に小さな、弱いものである。国会議員は憲法上個々の議員が単独で「国家の機関」とされているが、仮に地方議員を単独で「地方政府の機関」と考えたとしても、その力は行政府に対してあまりにも弱い。

 しかも、首長は行政機構の職員を部下としてある程度の裁量をもって使う事が出来る。かつての自民党政権において、官僚機構は政府与党のシンクタンクとして機能してきた。自民党をはじめとする主要政党や民間においてシンクタンクが育たなかった背景は、そもそもそんなものを作って維持する必要がなかったためである。これは、そのまま地方自治にも当てはまると言える。また、事実上オール与党化していた地方議会においては、行政を監視するより、行政に「頼む」役割が強く期待されてきた結果、政策立案機能は市民の側からも大して重要視されてこなかった。

 最近になってから、地方議員の政策立案機能の強化が主張されるようになってはきたが、結局のところ地方議員は政党に属すにしろ会派を組むにしろ、基本的には個々の議員で行政機構と対峙する事になる。行政府に伍して政策提言して行くことは制度上極めて難しい状態にある。

 名古屋市民は市議会議員の給料を減らすことを熱狂的に支持した。そして、それを提唱した河村市長は議員はボランティアでつとまるものだとしている。首長と比べて行政機構と言う背後を持たない議員にとっては、給料や献金など自分で賄える資金の範囲内で政治活動を行い政策立案をしていくしかないが、これではかなり厳しいのではないか。少なくとも、議員の給料を全額ポケットに入れている議員は皆無であろう。

 ここから考えると、名古屋市民は議会に政策立案などそもそも期待しておらず、その面での今後の拡充も不要ということなのであろう。第二次世界大戦後の先進諸国においては行政府の肥大化に対して立法府のバランスをいかに取るかが課題のひとつとなってきたが、民意は立法府としての議会ではなく、参事会レベルのものすなわち先祖帰りを志向していると言える。

2011年4月28日 (木)

大府市議会議長公職選挙法違反事件

 大府市の市議会議長が一人千数百円相当の供応買収をしたという容疑で逮捕されました。票の取りまとめのために飲み食いをさせたということですが、一応若干の会費を徴収しておいて、差額を負担すると言う方法で利益供与を行っており、見方によっては会費でカモフラージュした悪質な手法と言えましょう。

 気持ちは分からないでもありません。選挙を助けてくれる人に何かしてあげたいと思うのは素朴な人情です。選挙を助けてくれる人はもろちん打算や利益で近づいてくるような人もいますが、誠実に、真剣に助けてくれる人も多い。そうした方々に、一席設けることは民間では許されることかも知れませんが、公職選挙の世界では許されないのです。

 また、立候補する以上落選は怖い。心の中で違法行為を後押ししてしまう心理状態は、立候補を決めれば何度でもありますし、そうした誘惑もある。一席設けて百票だか二百票取りまとめることができるとなれば、その誘惑から逃れることは容易なことではありません。ここで、価値判断が分かれます。とにかく勝つ事が第一という価値判断に立つか否かということです。どちらに立つかは候補者次第でしょう。

 しかし、できることとできないこと、していいことと悪い事は当然あります。してはならないことをしてしまった以上、その責任は取るべきです。

 この事件は大府市の事件ですが、同じような事が長久手町で行われていたとしたらと思うと背筋が寒くなります。公職を目指す者全体の不名誉以外の何物でもないからです。今後、公職を目指す者はこの事件を他山の石としなければならない。

 同時に、有権者の側も、飲ませられたり食わせられたりして票を投じたり運動したりすることのないようにする必要があります。提供した候補者がまず責任を問われるべきですが、受けた有権者の方も当然ながら責任があると言えます。需要と供給、政治家と有権者の意識レベルがかけ離れることはないわけです。

 ちなみに、台湾では数年前まで「供応は買収にあたらない」とされており、有権者に飲ませ食わせすることが当たり前でした。また、「日本円で500円以下であれば現金を配っても買収にならない」ともなっており、あの李登輝総統も随分ばら撒いたそうです。

 ただし、豪勢に飲ませ食わせしたり現金をばら撒いても当選できるかは別の話だったようで、2000年の総統選挙では現職副総統であった国民党の連戦候補が「日本円で1000円相当の豪華な弁当」を出して、かえって有権者の顰蹙を買っていたと言われています。(連戦候補は2000年と2004年の総統選挙でいずれも落選)

 その後法改正が行われ、現在では「日本円で50円相当」まで押さえられているそうです。この金額は、大体軽い食事ができる程度の金額ですから、かつてのやりたい放題よりは前進したと言えそうです。それでも、名前の入ったボールペンを配った候補者が逮捕され、「ボールペンは50円以内か」が真面目に公判で争われていました。(判決で裁判所がどのような判断をしたのかはよく分かりませんが)

 なお、逮捕された大府市議会議長も「供応買収を禁止する公職選挙法の規定は自由な選挙・政治活動を定めた憲法に違反する」と言い張って最高裁まで争えば、歴史に名前は残るでしょう。選挙関係では戸別訪問禁止規定の合憲性が争われた事があり、この他にも水道メーター談合事件では「談合を禁止すると中小企業が困るからそんな独占禁止法は違憲無効である」とか、果ては「覚せい剤をやる自由は幸福追求権として保障されているから、覚せい剤取締法は違憲無効である」として争われた事案もあります。

 共和政ローマでは供応買収は当然とされており、候補者が自腹でパンを配り、剣闘士の試合等の見世物をタダで有権者に見せていました。それだけの財力があり、市民に自腹で奉仕できるから公職に就く権利も能力もあるだろうと考えられていたためです。ご参考までに。

2011年4月26日 (火)

中央政界の政争について思う

 民主党内では菅降ろしが公然化し、自民党と公明党も総理退陣を要求しています。そして、政府は必死に延命工作を行っている。とどのつまり、未曾有の国難が政治利用されているわけです。

 かつて、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻した時、参戦したイギリスでは保守党と労働党が挙国連立内閣を組織して戦いに当たりました。そして、ポツダム会談中に総選挙が行われ、戦争を戦い抜いたウィンストン・チャーチル首相率いる保守党は敗北し、チャーチル首相はただちに同席していたクレメント・アトリーに会談を引き継いで帰国・退陣しています。日本ではアメリカと並んでイギリスが範とされていますが、二大政党制やクエスチョン・タイムと言った表面上の事だけ導入している感があります。

 しかも、中心になって政争を繰り広げている政治家が落選するかと言えば、必ずしもそうとは言えない。小沢元代表などは初当選以来四十年余連続当選です。義理人情、しがらみ、そうしたもので政治家を選んでいる以上、政治の混迷もまた当然の結果ではないでしょうか。

 中央政界の政争は決して遠い世界の話ではなく、国民を映し出した鏡なのではないかと思えてなりません。(地方政界であってもこれは同様ですが)

2011年4月25日 (月)

祝福を申し上げます

 昨日投開票が行われた長久手町議会議員選挙において当選を果たされた20名の方々に対して、心から祝福を申し上げます。議会において全力で町民の付託に応えられる事をお祈りいたします。

 議会は原則的には行政府に対する立法府となりますが、地方自治法上地方議会には自治体の総合調整機関としての役割も設定されていますから、市制施行に備えて議員の皆様が知恵を出し合われる事を特に期待しています。

 私自身は全力で戦いましたが、多くの方々のご期待に添えない結果となってしまいました。この場にてお礼を申し上げることはできませんが、本当に感謝しています。多くの仲間に支えられました。こうした仲間を持てた事を誇りに思います。郷土のため公の場において働きたいと言う長年の想いは叶いませんでしたが、これも有権者の審判の結果ですので、それを厳粛に受け止めたいと思います。

   平成23年 4月25日

           水野 勝康

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