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2011年5月

2011年5月31日 (火)

今後、李政権を相手とせず

                                             Kim Jong-Il.jpg

 「お前は交渉相手ではない」「火の海にしてやる」とは北朝鮮が毎度お馴染みで使う恫喝の言葉です。ヤクザの脅し文句とそう差はありません。そして、情けない事に韓国や日本の歴代政権は、北朝鮮に恫喝されると慌てて懐柔しようとし、結果的にこの二十年ばかり北朝鮮を延命させてきました。

 北朝鮮の国防委員会は30日に、李明博政権を交渉相手とせず、南北の軍事通信回線も遮断すると発表しました。北朝鮮の声明のニュアンスとして、対北朝鮮強硬派である李政権のみを相手にしないのか、韓国政府そのものを相手にしないのか、どうも釈然としません。

 経済発展した韓国としては「統一」も「戦争」も実は嫌で、当面は現状維持を望んでいる。このため、北朝鮮を刺激せずに経済援助してなだめようとする親北朝鮮派が一定の勢力を持っています。金大中と盧武鉉と二代に渡り親北朝鮮政権が続き、特に盧武鉉政権では敵は北朝鮮ではなく日本であるという態度すら取りました。これが李明博大統領への政権交代で変わったわけです。再度政権交代が行われて親北朝鮮政権ができれば、北朝鮮としても交渉に応じるという意味を韓国国民に向けて発しているとも考えられます。

 実際、先の砲撃事件の後に行われた韓国の統一地方選挙では李明博大統領率いる与党は惨敗してしまいました。それでも一貫して強硬策を続けている李大統領の姿勢は誰かさんに見習ってほしいところですが、戦争を恐れるあまり北朝鮮を懐柔しようと次の大統領選挙では親北朝鮮勢力の推す候補者に票が集まる可能性は高いと思われます。

 大韓民国大統領は任期5年で再選は認められておらず、このため政権末期には常にレームダック状態になるのが慣例化しています。アメリカ大統領でも2期8年つとめると、末期の2年位はレームダック状態になるのが常ですので必ずしも韓国特有の現象ではありませんが。そして韓国では、レームダック状態になると「反日」が出てくる。

 日本の安全上、北朝鮮に韓国が援助をしてしまっては、何のための経済制裁か分からなくなりますし、その援助の中に紛れたものが日本を狙う大量破壊兵器に化けるのは歴史が教えるところです。そして、韓国が盧武鉉政権の時のように「北朝鮮は兄弟で真の敵は日本」などと言いだしたら、日本の安全は更に脅かされることになります。

 李大統領が今の姿勢を貫けるかどうか、北朝鮮の瀬戸際外交と南北の緊縛関係はまだまだ終わりそうにありません。

2011年5月29日 (日)

『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』より

 ナチスが共産主義者を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。

 次にナチスは社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。

 次に学校と、新聞と、ユダヤ人たちが攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。

 ナチスはついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した―しかし、それは遅すぎた。

                

                 フリードリヒ・グスタフ・エミール・マルティン・ニーメラー牧師

                  (1892年1月14日~1984年3月6日)

 腐敗や抑圧を、多くの場合人は「人ごと」だと思ってスルーしてしまう傾向があります。むしろ、「他人の不幸は蜜の味」としてひそかに喜んでいることすらある。しかし、見逃し続けていれば、いつか自分の身にふりかかってくることになります。

 先日、検察のねつ造が暴かれて再審で無罪判決が言い渡される事件がありましたが、世間一般が関心を持っているかといればそうではありません。日本人の処罰感情も変わっていない。

 一番恐ろしいのは、大衆の「無関心」ではないかと思います。ニーメラー牧師の詩は、私たちに無縁の話ではないのではないでしょうか。

2011年5月27日 (金)

麻生政府特使

 政府は日中交流事業として北京で行われる「アニメフェスティバル」の開幕式典に麻生太郎元総理を特使として派遣することを決めました。麻生元総理は漫画好きとしてよく知られ、サブカルチャーに対して「ゲームは青少年の頭を狂わせる」などと敵意を持つ政治家が多い中で珍しい存在と言えます。適任と言えるでしょう。

 対立党である自民党の元総理を特使に任じた事に違和感を感じる方もおられるかも知れませんが、特使は基本的には使者ですから、特命全権大使や政府代表や全権委員と異なって外交交渉や条約調印を行うわけではありません。政治的な決定から除外されているわけですから、野党議員を任じることに抵抗感はなかったのでしょう。

 麻生元総理は漫画「ローゼンメイデン」を読んでいたとネットで噂されたことから「ローゼン閣下」というあだ名を付けられていました。オタクの聖地である秋葉原では人気があったようですが、在任中は自民党が解散総選挙を先延ばしにして政権にしがみついた時期と重なり、漢字の読み間違いを繰り返したり高級バー通いを報道され(高級店通いはその後の鳩山総理や菅総理も熱心に行っている)、サブカルチャーの知的財産保存の案は「国営漫画喫茶」「アニメの殿堂」と非難され、民主党政権の発足とともに雲散霧消してしまいました。

 サブカルチャーは流行り廃りの激しいものであり、制作する企業の寿命も短く、ハードウエアの生産停止などとともに文化遺産が消え去っているという事実は歴然としてあります。豪勢な建物を建てる必要性は疑わしかったにしても、文化保存機関を設けると言う発想そのものは間違っていなかったと私は考えています。機能としては国立国会図書館が書籍の保存を行っていることから、国会図書館に行わせても良いでしょう。保管施設が必要なら、一層の事「ぽぷかる」等でオタク系イベントを行っているモリコロパークの空き地にでも作ってしまってはどうでしょうか。

 国際的に見ても、日本のアニメや漫画を入り口として日本に関心を持ったり、日本語を覚えたりして日本へ旅行したり、留学してくる者は多いものです。特に北東アジア諸国からの留学生であって、現に大学院あたりで学んでいる者の中に、日本の漫画やアニメを観て育った人は皆無と言って良いでしょう。留学生の大半はアニメや漫画を学ぶわけでも、帰国してそうした仕事に就くわけでもありません。大半は経済人となりますし、学者や法律家を目指している者もいます。中には帰国後外交部等対日部門で働く者もいる。若い世代の「日本理解」において、今や重要な役割を有していると考える必要があります。

2011年5月25日 (水)

EUの対中武器禁輸措置緩和問題について

 かねてより、EUは中国に対する武器輸出制限措置を緩和することを検討してきました。これは、第二次天安門事件後に当時の西側諸国が中国に対する武器輸出を制限することになって以来続いているものです。

 EUとしては、中国との連携を強化すること、ドイツやフランスなどEU主要国は軒並み武器輸出大国であり売り込み先として魅力があることもあって、対中禁輸の緩和を志向する傾向が続いています。これに対して、日本やアメリカはEUが緩和することについて反対の意向を示しています。

 世界第二位の「経済大国」となった中国は軍備拡張政策を着々と進めていますが、自前での開発能力となると疑問符が付くところで、「国産」を唱っていてもどこかの国の兵器に外見がよく似ているというのはよくある話です(性能は公表しない国ですからほとんど不明です)。少数のサンプル購入はしているという話ですので、リバース・エンジニアリングの手法を用いてコピー品を作っていると思われますが、アメリカのイージス・システムを作っている企業から産業スパイを使って情報を持ちだした事件もありました。いずれにせよ、これでは「Chinese copy」(英語で「パチ物」を指す)を差別だとは言えないでしょう。

 自前で武器開発が難しい中国は、武器を専らロシアから購入すると言う状態が続いています。ですが、中国としては西側のより高度な武器が欲しいわけで、こうした点でEUと中国の思惑は一致していると言えます。EU諸国にしてみれば、中国が軍拡をやったところで、大した影響力は受けない。日本のように、「すぐ近くの脅威」ではないからです。

 アメリカの場合はNATO(北大西洋条約機構)による軍事協力をEUの多くの国と結んでいることもありますから、EU諸国に圧力をかけることもできます。例えば、有事にアメリカの核兵器の一部はNATO諸国と「共同運用」されることになっており、核保有国でなくとも一定の核抑止力を持てるような工夫がされています。もし、アメリカが協力しないとなれば、そうした国は困ったことになるわけです。

 ところが、日本はそのようなルートもない。今のところ「アメリカ頼み」にならざるを得ない。EU諸国から武器を購入して「中国より大きなお得意様」になる道もないわけではありませんが、そうするとアメリカはいい顔をしませんし、国内の軍需産業は武器輸出ができないだけに輸入を増やせば大打撃となる。何より、財政事情から更新すらままならない状態ですから、お得意様になることはかなり難しい。

 日本としては、EUが人権問題に非常に敏感であることから、中国の人権弾圧問題とからめて禁輸緩和をやめるよう要請するのが有効な手ではないかと思われます。中国が軍事的に更に能力を高めれば、人権問題にまともに取り組もうとしないことは過去の例から見ても間違いないところだからです。ただ、対中武器輸出問題は、中国におけるEU諸国の利権や武器そのものの売却による経済的利益もからんでくるだけに、簡単ではありません。

 日本はアメリカとだけでなく、中国の圧迫を受けているベトナム、フィリピン、インド等とも共同歩調を取れるかどうかが重要なポイントになるのではないかと思われます。

2011年5月22日 (日)

社会政策学会

 大学時代に同じ産業関係学を専攻した同級生で、今は一橋大学にいる友人が学会発表することになったため、東京の明治学院大学で行われた社会政策学会に出席してきました。社会政策学会は大学生の就職活動から労働問題、社会保障など幅広い分野が取り上げられています。

 彼は介護労働者の処遇をめぐる問題を扱っています。このため発表は医療・介護問題を扱う分科会で行われました。参加者は決して多いわけではありませんが、聞き手はその道の専門家ばかりですし、大先輩から質問も受けることになるわけですから、準備に何箇月もかけ、直前にはかなり緊張していました。

 私はもっぱら労働法・社会保障法とその政策論に関心を持ってきました。このため、彼が社会学系の大学院に進んだのに対して、私は法学系に進んでいます。また、純粋に学者への道一本である彼に比べて、私は学んだ知識を直接に現場や公共政策に活用したいと言う想いが強く、この結果彼とは対照的な回りくどい複雑な人生を歩むことになりました。

 しかし、大学入学以来十三年余り、励まし合い競い合ってきた友人です。大学以来、何故か人生の上でも研究の上でも「苦しい時期」が重複してきました。彼はこのまま研究者の道を歩むでしょう。私はまだ今後どうするか決めているわけではありませんが、立場はどうであれ勉強は続けていくつもりでいます(仕事をして行く上で必要と言う事もあります)。どちらかが死ぬまで、互いに知的刺激をしあえる関係を続けていきたいものだと思っています。

 世間には、大学や研究者を遊んでいるとか無駄飯を食っているとか言って毛嫌いしている人がいます。しかし、私がここ十数年学んできて感じたのは、大学や研究者のところに集まってきている情報の中には有益なものが多々ある。今は目立たなくとも、十年後二十年後に顕在化するような問題に取り組んでいる研究者も多いのです。

 例えば、ワーキング・プアですとか派遣労働をめぐる諸問題などは、顕在化したのは小泉内閣の頃ですが、私の大学時代には既に将来起こり得る問題だと研究者の間では指摘されていました。

 また、最近小中学校の同級生に長久手町の消防団の方を紹介していただいた時、この方から愛知工業大学の研究チームが作成した「大規模地震の起きる可能性のある地域」を検討した地図をいただいたのですが、そこにははっきりと危険な地域として東日本大地震の起きた地域がマッピングされていました。

 日本の学術研究は、決して「象牙の塔」ではない。そこに集まっている人的資源、知識や知恵を有効に生かせないところに問題があるように思います。最近では、大学に「競争」と「効率化」を求めることが当たり前になり、教員のポストも削減されています。かつては大学院を中退しても常勤の研究者ポストに就くことは珍しいことではありませんでしたが、今や修了して博士号を取得しても就職は簡単ではない。三十代半ばくらいまでは安定したポストに就くのは難しく、研究実績を積まなければなりません。このため、研究に無理解な恋人に逃げられたと言う悲劇は数知れない(もっとも、研究に無理解な人と結婚してしまったらもっと悲劇ですが)。このため、学者は落ち着いて研究ができず、すぐに成果の出るような研究に飛びつきがちになっていると指摘されています。学術研究の衰退は、経済や社会改革の停滞を招くことになるでしょう。非常に心配です。

2011年5月21日 (土)

市邨学園事件

 学校法人市邨学園を被告とする平成23年5月20日の名古屋地方裁判所の判決は中学時代のいじめが精神障害を引き起こし、それが原因で自殺に至ったとの因果関係を認定しました。総じて、いじめが原因とされる事件で因果関係を立証するのは難しいだけに、過去のいじめと自殺との因果関係を認定した珍しい判決と言えるのではないかと思います。

 いじめの問題は、大抵の場合連鎖的な自殺が続くとマスコミが騒ぎ、一時的に話題になるも沈静化するというサイクルを数年単位で繰り返してきたように感じます。マスコミの取り上げ方も、いじめの問題よりは新しい手口を面白がって紹介している傾向も強く、報道が新たないじめを生んでいるのではないかという問題も識者によって以前から指摘されているところです。

 私自身、小中学校でいじめを受けた経験を持っています。丁度、いじめを理由とした自殺が多発し、いじめが一定の注目を浴びていた頃でした。既に二十年近く前の事ですので、さすがにインターネットを利用して悪口をばら撒かれるというようなことはありませんでしたが、陰湿なことは多々あった記憶があります。「ふざけていた」という弁明は今でも加害者側の弁明の典型として使われていますが、私がよく記憶しているのは「お前を鍛えてやっている」という口実の元に行われたいじめでした。建前上「好意」を表に出して友達だからという理由をつけてきますから、断るに断れず、苦しい思いをしたものです(本当に友情から殴る蹴るをして鍛えてくれようとしたのかも知れませんが、それでしたら親愛の情を示す方向性が間違っていたと言わざるを得ず、一種の感謝強盗であったと言えましょう)。

 いじめでの自殺をめぐる裁判は、全般的に遺族特に親が最早何も失うものはないという心境に達して提訴に至るケースが多いと言う点で、過労死裁判と似たような所があります。そして、立証が難しいという点でも同様です。ともに、証拠を握っている学校と企業は自分に不利な証拠は開示しませんし、強制的に開示させることもできないわけですから。

 今なお、いじめは社会性を養うために必要悪だとか、いじめられる者が悪いということを言う者は決して珍しくはありません。恐らくは、いじめられた経験がないからでしょう。そして、このような裁判が起きる度に「訴訟社会になって嘆かわしい」というようなコメントが出てくる。訴訟と言う制度がなければ、本件の場合学校側は逃げ続け、逃げ切ったことでしょう。

 私立中学の場合ですと、被告は運営する学校法人と言う事になりますが、もし公立中学校であれば設置母体を被告として賠償請求することになる。中学時代にいじめが行われ、それが原因で精神疾患を発症して自殺に至った今回の事例を当てはめれば、公立中学校とその設置母体としても、卒業後に起きた自殺であるから知ったことではないとは最早言えなくなります。

 いずれにせよ、いじめを含むハラスメントに対しては、義務教育段階でしっかりとした対応をしなければならないことそのものも教える必要がある。将来の企業組織でのハラスメントを防止する効果もあります。職業体験と称して「非正規労働」を体験させるために受け入れ先探しに四苦八苦するより、もっと先にやるべき「社会教育」があるのではないでしょうか。

 いじめというのは組織の体質から生じるものですから、簡単に変わるものではない。過労自殺の事件等を見ても、いじめを認定した判決を受け入れることは組織の過ちを受け入れることになりますから、簡単には認めない。控訴する可能性は十分にあるのではないかと思います。そして、組織そのものは国や地域や規模によって一定の法則性があります。例えば、我が国においてはあまり法的な拘束を受けない組織を作らせた場合、封建的色彩が強くなり、親分子分の関係が作られ、顔を立てた立てないで揉める。暴力団がこの典型例ですが、暴力団以外にも、何故かこのパターンが多く見られます。

 ともかくも、過労自殺のリーディングケースとなった電通事件の例を見ても、自殺の原因は他にあると故人のプライバシーを徹底的に暴き立てる戦術が取られています。本件では学校側はいじめ自体を否定していますから、同じような戦術が取られるかもしれません。今後の訴訟の推移を見守りたいと思います。

2011年5月20日 (金)

2012年中華民国総統選挙

      Ma Ying-jeou Berkeley 2006 (cropped).jpg     Tsai Ing-wen 2009.jpg

      馬英九総統(国民党・現)       蔡英文主席(民進党・新)

 来年(2012年)1月には中華民国(台湾)の総統選挙が行われます。今のところ、国民党は現職の馬英九総統を擁立し、民進党は党主席の蔡英文元行政副院長を擁立する予定で、一騎打ちと見られてきました。ところが、最近になってから台湾独立を主張する第三の候補者が出てきて、色々な憶測を呼んでいます。第三の候補者は泡沫候補とは言わないまでも当選の可能性は極めて低いと見られていますが、「票が割れる」ことになるためです。

 ちなみに、過去の総統選挙を見ても、二大政党以外の候補者が当選した例は皆無です。一番可能性が高かったのは2000年の総統選挙で国民党を離党して立候補した宋楚瑜元台湾省長が現職副総統の連戦を抜いて二位につけ、当選した陳水扁前台北市長に僅差まで迫った時ですが、それでも当選はできませんでした。ちなみに、長い歴史を持つアメリカ大統領選挙でも、二大政党以外の党から立って当選したのは、当時二大政党ではなかった共和党から立候補して当選したアブラハム・リンカーン大統領の例があるだけです。

 一般的には独立派の票が分散することになり、更に本籍地でしか投票できない制度のため1月に総統選挙を行う事から試験中の学生が投票できず、全般的には国民党有利になるともいわれていますが、台湾の世論は見方によってかなり変わってしまうところがありますし、台湾の有権者は現状維持を望み、統一も独立も過激な意見を出す候補者は忌避される傾向にあります。更に、総統選挙までまだ半年あり、中国やアメリカの動きともからんで、まだまだどうなるかは分かりません。

 ちなみに、台湾の総統選挙で現職総統が立候補して敗れたケースは一度もないことから、諸事情を考慮しても現職有利ということは言えるでしょう。これは何も台湾総統選挙だけでなく、アメリカやフランスの大統領選挙でも同じ傾向にありますが。

 また、過去の台湾総統のキャリアを見ると、蒋介石総統を除く歴代総統はいずれも自治体トップの経験を持っています。特に、李登輝総統以降の歴代総統は全て台北市長の経験者です。台湾の地方自治は日本の自治を下回り、「一割以下」と言われています。直轄市を除くと「地方議会」すらありません(住民とのパイプ役を果たす役割の人たちはいるようですが)が、それでも組織のトップをつとめると「地位が人を作る」こともあるのでしょう。

 台湾では日本と異なって複数の自治体トップを経験することも珍しくなく、先の2008年総統選挙で民進党の副総統候補だった蘇貞昌元行政院長は屏東県長を一期つとめたあと落選し、その後台北県長(台北県は2010年末に県内の全自治体が合併して新北直轄市に移行)を二期つとめた経験があります。この点で、蔡主席は新北市長選挙に立候補したものの落選しており、過去のキャリアを見ても自治体トップの経験はありません。この点で、不利と言えるかもしれません。ただ、陳水扁台北市長が現職ながら市長選挙で落ちて総統に当選した例はありますので、市長選での落選そのものは左程マイナスにはならないとも考えられます。このあたりは日本の感覚とはかなり違うと言えます。町議に落ちた私が県議に出ようとすれば「町議にも当選できない奴が・・・」と言われるのが日本の感覚ですが、台湾の場合は少なくとも総統選挙に関しては市長選挙の落選者が候補者になることに違和感はないようです。特に民進党の場合、陳元総統は台北市長に落選、謝長廷元行政院長も台北市長に落選しており、蔡主席が1996年総統選挙の彭明敏元台湾大学教授を除くと、みんな市長選落選経験の持ち主と言うことになります。

 台湾は「親日国」と言われており、実際に東日本大震災においては多額の義捐金を拠出してくれています。李登輝元総統は日本の右寄りの人たちからは神様扱いされており、台湾の若い世代と日本の文化との結び付きも強い。しかし、かつての日本統治時代に「日本国民」であった人々や、日本を敵として戦った故に日本を知っていた世代は台湾政界からはほぼ引退してしまっています。ざっと見たところ、呉伯雄元内政部長が国民党名誉主席として残っているくらいでしょうか。一方で、日本文化に親しんで育った世代は戒厳令解除後ですから、基本的にはどんなに年長でも三十代。つまり、現在の台湾政界の中心となっている世代は、日本との関わりが相対的に薄かった世代と言えます。厳しい見方をすれば、隣国であり同じ自由主義国・民主主義国であると言う共通の価値観はありますが、かつてのように無条件に日本に対して愛着を持ってはもらえないということです。日本としても、台湾の友誼に甘えているわけにはいかない。

 特に、菅政権は東日本大震災で台湾からの救援隊受け入れを中韓の後に回す等、中国に媚び諂うあまり台湾の善意を踏みにじることを平然とやってきた前歴があります。にもかかわらず、馬総統は先日の講演で「日本を特別なパートナーと位置づける」と述べています。親中反米と陰口を叩かれている馬総統ですら、日台間の連携がなければ台湾の主権は守れないことを自覚してのことと言えるでしょう。同時に日本も、台湾の位置付けによって安全を確保できるかどうかが変わってきます。今のところ、ボールは台湾から日本に投げられているわけで、これをどうするかが日本の命運を左右することになるでしょう。

 台湾は「中華民国」を名乗る国家であり、北京政府と並ぶ「もうひとつの中国」です。しかし、台湾政府を「中国」として国交を結んでいる国はほとんどありません。国交のある国の数や国際機関への正式参加だけで見れば、北朝鮮よりも孤立している国とさえ言えます。にもかかわらず、諸外国との経済的な結びつきは強く、正式な外交関係のない国とも実務的関係は存続しています。そして、ひたすら中国政府に媚び諂ってきた歴代の日本の政権と異なり、実務関係を利用して台湾との結びつきを強化している国は多いものです。

 台湾政治はその時々の対米関係や対中関係によって変動してきた側面が非常に強く、今後もその傾向は変わらないでしょう。アメリカと中国の綱引きの場になる。しかし、台湾人は日本人よりある意味したたかで、政治に対する関心も強いため、台湾は今後も国際社会を巧みに泳いでいけるのではないかと思います。しかし、日台関係如何によっては、双方の安全が脅かされることになる。とりあえず、台湾の与野党とも、基本的には対日関係を重視している事を忘れてはなりません。台湾からの友誼を無視しているのは日本の側なのです。こうした事実関係を考慮すると、「民進党・李登輝元総統=独立派=親日・台湾を愛している」、「国民党=統一派=反日・台湾を愛していない売国奴」という図式を鵜呑みにすることは日本にとって大変危険です。

 来年の今日、5月20日が第13任総統の就職典礼が行われる日となりますが、孫文の肖像を前に右手を挙げて就任の誓詞を読み上げるのは誰になるのか。半年間、台湾政治から目が離せません。

2011年5月19日 (木)

願わくは、新時代においても、高齢の者に長きに渡る影響力が与えられん事を

                   ルドルフ皇太子

 願わくは、新時代においても、高齢の者に長きに渡る影響力が与えられん事を。

              1883年 8月15日 「新ウィーン日報」掲載

                            ルドルフ・ハプスブルク=ロートリンゲン

                           (オーストリア=ハンガリー二重帝国皇太子)

 ルドルフ・ハプスブルク=ロートリンゲンはオーストリア=ハンガリー二重帝国の皇太子であり、日本ではマイヤーリング心中事件が「うたかたの恋」として知られています。父親である保守的な皇帝フランツ・ヨーゼフ1世とは対照的に自由主義的な人物でした。

 頑なに改革を拒み、また社会が変わりつつあることを認めなかった父親(晩年には認めていたようですが)とは度々衝突を繰り返し、当時のウィーンの新聞にも寄稿しています。取り上げた一文は、1883年8月15日に「新ウィーン日報」に掲載されたもので、父親に対する強烈な皮肉を読み取れます。

 それでも、帝国の世継ぎとして「保守的な皇帝」になるためのレール上を走ることを求められたルドルフは、国と自分の前途に絶望して、愛人の16歳の男爵令嬢とピストルで心中してしまいます。そして、オーストリア=ハンガリー二重帝国は保守的な体制を維持したまま更に存続しますが、ルドルフの後の皇太子となったフランツ・フェルディナンドはサラエボ事件で暗殺され、それをきっかけに第一次世界大戦に突入し、戦後に解体され、中世以来のハプスブルク帝国は消滅することになりました。

 フランツ・ヨーゼフ1世とルドルフの確執を調べていくと、旧体制に固執することが、かえって旧体制そのものを根こそぎ破壊してしまう事に繋がることに気づかされます。もし、オーストリア=ハンガリー帝国が19世紀末に自由主義的な方向に舵を切っていれば、ドイツ帝国に引きずられることもなかったでしょうし、ボヘミアなどを中心に工業基盤の整備も進んでいましたから、健全な市民階級・中産階級が政治を担う事も出来た筈です。強力な帝政はなくなっても、またいくばくかの領土は失っても、「ハプスブルク帝国」は1920年代以降も生き延びることができたのではないかと思われます。

 「第一次世界大戦後のドイツにカイザー(皇帝)を残しておけば、ヒトラーの台頭はなかったであろう」と第二次大戦中にアメリカ政府内で言われていたそうですが、同じ事がオーストリアにも言えそうです。オーストリアに象徴であってもカイザーが残っていればナチス・ドイツと言えども併合するのは難しかったであろうと考えられます。何しろ、「ドイツ」の中心(ドイツの定義をどうするかで変わってくるものの)は1867年にプロイセンを中心とした北ドイツ連邦が結成されるまではオーストリアだったのですから。ちなみに、第二次大戦中のアメリカ政府の認識が、日本に天皇制を存続させるひとつの要因になったとも言われています。

 また、旧体制に位置する人物であっても、必ずしも旧体制を墨守する存在にはならない。これは血統よりも、世代や受けた教育の結果であるところが大きいように思われます。特に、高等教育や自由主義的な教育を受けると、旧体制の抱える問題が見えてくる。これは、旧体制の中にいれば、体制の「内側」にいるだけに、外側から見るよりもより鮮明に見えたに違いありません。

 ただ、ルドルフ皇太子の例を見ても分かる通り、往々にして「上」は旧体制を墨守することしか考えていない事が多い。同世代にしても、教育の程度によっては理解者とはなり得ない。自由主義的教育を受けていないシュテファニー皇太子妃とルドルフ皇太子が不仲であったことはその一例です(このため、ルドルフが離婚をローマ教皇に申し出てそれが父親にバレたことも自殺の遠因と言われています)。

 「うたかたの恋」などでは、結ばれない関係の果てに自殺することになっていますが(悲恋をネタにする作品は大抵そのような筋書きになっている)、むしろ政治的立場が理解されないこと、国の前途を悲観していたこと、そして何より自分としては不本意な悲観的な方向に国を引っ張っていくことを求められ続けていたことが原因だったのではないか。私にはそう思えてなりません。

2011年5月17日 (火)

「スポーツ権」の明記は本当に必要か

 現代の憲法学を学ぶ上で最初に教わる事は人権が主として自由権に基づくところからはじまったということです。その後参政権や社会権へと広がり、更にプライバシー権や環境権などが生み出された結果今や「人権のインフレ」と言うべき状態になっていると指摘されています。私自身はリバタニアンではなくむしろ福祉国家論者ですから自由権以外の人権を一段低く考えるべきだという意見には全面的に賛同はできませんが、かといって何もかも「人権」としてしまうことで「人権のインフレ化」になっていることは認めざるを得ません。

 民主党は準備している「スポーツ基本法案」において、「スポーツ権」なるものを明記しようとしています。法案はスポーツ権に関し、前文で「すべての国民がスポーツを楽しむ機会が確保されなければならない」と規定しているそうですが、そこまで権利を明記する必要があるのでしょうか。

 そもそも、「スポーツ」は趣味嗜好の範囲内に属するものです。もし、「スポーツ権」が認められるのであれば、当然「スポーツをしない権利」「スポーツを強要されない権利」も認められてしかるべきでしょう。

 私はスポーツをする自由は当然あっていいと思いますが、スポーツばかりを「優遇」している我が国の現状には大いに不満を持っています。教育改革では技術や音楽の授業時間数よりも突出して体育の時間数が増やされています。部活動にしても、体育会系の部活は数も多く選択肢があるのに対して、文化系の部活は少ない。私が中学校に進んだ時、体育会系の部活は一通り揃っていましたが、文化系は僅かに吹奏楽部か美術部が選択できるだけでした。高校進学にあたり「文化系の部活に所属していることは体育会系の部活に所属しているよりも不利に扱われる」とも言われていたものです。

 我が国では明治以来、スポーツと体育は事実上イコールでありました。スポーツと体育の概念を明文で分離し、全く別の概念であり全く別の政策によってスポーツを振興するならばともかく、この二つの概念を混同した状態でスポーツを振興すると言う事は、体育振興とイコールと考えざるを得ない。旧ソ連や中国では体育をもって青年層を共産党のもとで団結させ、余計なことを考えさせない思想統制と不満分子の摘発を行ってきたという事実を忘れてはなりません。ナチス・ドイツではガス室にすら送っていた。スポーツ振興の美名のもとで、国民を統制する意図があるのではないかと疑いたくなります。

 私自身は文化系の人間です。音楽や読書は愛しますが、スポーツをわざわざしたいとは思わない。趣味・嗜好だけでなく、思考の面においても体育会系の持っている上限関係のような封建的硬直的思考とは正反対です。小学校の頃から「先輩だから」「目上だから」で思考停止状態になってしまう体育会系の者たちに総じて粗野で乱暴で無知という印象を持ってきたこともあります。このような国民を増やそうと言うのは私に言わせれば狂気の沙汰です。もっとも、体育会系は強い者に対しては礼儀を欠くことはないようですから、強い立場や権力者にとっては問題には見えないのでしょう。無論、仁や義に厚い者や知性のある者もいないわけではなかったのですが、絶対的に少数派でしかありませんでした。

 政治家は総じてスポーツマンである事をPRしますし、選挙は体育会系の人脈がないと圧倒的に不利だと言われています。その点で、法案を提出しようとしている政治家自身が親和性を持っていると見てよいわけですが、その裏には「スポーツ振興」の名の元に、運動施設を作りたいと言うのが本音なのではないでしょうか。それがスポーツ団体と言う圧力団体に要求されてのものなのか土建業者に要求されてのものなのかはともかくとして。

 結論から言って、「スポーツ権」など明記して新たな「人権のまがいもの」を作る必要はないと考えます。「スポーツ権」を保障するために道路並みの基礎的インフラと同じように運動施設を作れと言う事もなりかねない。そもそも、憲法に「健康で文化的な・・・」という一文があるのですから、ここに含み込まれると考えれば足りる。もし、どうしても「スポーツ権」をわざわざ書きたいのなら、均衡上「文化権」を明記する法律を同時に作るべきです。

2011年5月14日 (土)

爾後菅政権ヲ對手トセズ

爾後國民政府ヲ對手トセズ

                

    1938年 1月16日
     内閣総理大臣 公爵   近衛 文麿

 1938年1月16日、支那事変の最中において、当時の内閣総理大臣近衛文麿公爵は、蒋介石の指導する国民政府(のちに重慶を首都として抗日戦争を戦い、終戦後は南京を経て国共内戦で台北に遷都して現在に至る系譜のもの)を交渉相手にしないという、所謂「第一次近衛声明」を発表しました。これによって、日本と中国は双方の大使を帰国させることになり外交関係は断絶し、交渉ルートがなくなってしまいました。

 この声明の直後から、近衛は「あの声明は軽率だった」と第二次世界大戦後に自殺するまで後悔していたそうですが、これこそ「覆水盆に返らず」「後の祭り」と言うべきです。この点で、オバマ大統領の方が、まだ頭を使っていると言うべきでしょう。さすがに、面と向かって「爾後菅政権ヲ對手トセズ」とまでは言っていないわけですから。

 それでも、ワシントンの気持ちとしては、菅政権は最早交渉に値しない政権なのでしょう。菅総理の訪米と日米首脳会談が先送りされ続けているのは、その証左であると考えざるを得ません。

 一方の菅政権も、鳩山政権を引き継いでアメリカとの関係は大して重要視していないように見えます。尖閣諸島沖での巡視船と漁船との衝突事件の後、日中関係が悪化する中で、中国の胡錦濤国家主席に一目会うために菅政権は当時の仙石官房長官以下涙ぐましい努力を続けたものです。その結果、ほとんど「通りすがり」に「挨拶をしてもらえた」ことをもって、外交上の大成果だと喧伝した。国辱ものの土下座外交ですが、中国に対してはそこまで気を使っていたわけです。これに対して、アメリカに対してはそのような配慮は全くしていない。私は対米土下座外交も真っ平御免ですが、中国に対してあまりにも態度が違っては、アメリカとしてもいい気はしないでしょう。

 鳩山内閣の頃から、民主党政権は「合意は守られるべし」という外交の大原則を忘れ、国内と特定アジア諸国の「人気取り」のための政策とも言えない思いつきを矢継ぎ早に発して行きました。その一方で、アメリカとの合意は簡単に踏み躙った。これでは、アメリカ政府が日本政府を信用しなくなるのも最もな事ではないでしょうか。

 残念ながら、仮にオバマ大統領が「爾後菅政権ヲ對手トセズ」という声明を出したとしても、何の後悔もしなくて済むのではないかと言わざるを得ません。蒋主席が辛抱強く日本に抵抗したのに比べて、菅総理にはそこまでの信念も底力もなく、遠からず政権の座を追われるであろうことは誰しも予想している事だからです。

 ほとんど諦めていることではありますが、菅総理にはワシントンに猛省を促せるような対応を取ってもらいたいものです。(アメリカに冷たくされたから中国をはじめ特定アジア諸国に擦り寄ると言うものではないことは勿論の事です)

2011年5月12日 (木)

法的にできることとできないこと、できるとしても道徳的にしてはならないこと

 場合分けをして考えてみましょう。タイトルの問題については、次のような組み合わせが考えられます。

  1、法的にも道徳的にも許されないもの。

  2、法的には許されないが、道徳的には許されるもの。

  3、法的に許されているが、道徳的には許されないもの。

  4、法的にも道徳的にも許されているもの。

 事件になっているユッケをめぐる食中毒の問題の根本的なところでは、経営者の道徳や倫理感が問われていると言えます。特に、法的な規制がないとしても、ただちに道徳的に許されるとは限りません。

 ただ、道徳は必ずしも法律とイコールではありませんし、個々人の価値観によっても変わってくるものです。そして、法律以上に曖昧なところが多い道徳は、法律よりも無視しやすい存在であることは否めません。一方で、特にローカルなコミュニティにおける道徳的基準に目を向けてみると、不可解なものや人権抑圧的なものけだし違法なものも散見されます。

 私の文章が難しいと言う指摘がありますが、このような事例を検討する場合に、抽象的な理論ではなく卑俗な具体例を挙げれば分かりやすくなります。性的関係をめぐる日本と諸外国・時代の比較などは具体例として挙げられますし、読まれる側も感覚的に理解しやすいものと思われます。そして、このブログでそのようなことを書くことは、誰からも規制はされていません。

 しかし、法的には問題ないとしても、道徳的にはどうでしょうか。このブログは私が政治活動を行っている際にはリーフレットと名刺にURLを刷って配布することで周知されていますし、去る4月24日に執行された長久手町議会議員選挙では選挙公報にも掲載されています。そして、有難いことに選挙が終わった今もなお毎日相当なアクセスがあります(むしろ、選挙が終わると同時に増えています)。そのような場で、いくら分かりやすい例だからとしても、露骨な性的問題を例として書くことは道徳的に許されないと考えざるを得ません。

 市民の側も、改めて考えるべきでしょう。何しろ、「生活者の視点」とか「消費者の視点」ということを騒いだとしても、生産者や提供者も一面では消費者であり、生活者や消費者もまた生産者や提供者になっているからです。被害者になる可能性もあれば加害者になる可能性もあります。これを機に、身辺を見直してみるのも悪いことではないでしょう。

2011年5月 9日 (月)

西成労働福祉センター虚偽労働条件求人事件

 財団法人西成労働福祉センターにおいて、ダンプ運転手として募集された労働者が、福島第一原発での労働を強いられていたと言う事実が明らかになりました。虚偽の労働条件をもって求人がなされたものと思われます。

 今回の事件では、労働者側から労働条件と全く異なる「防護服を付けて瓦礫の除去作業をさせられている」という申告があったため発覚に至りました。西成労働福祉センターは日々雇い入れられる者所謂「日雇労働者」の求人を多く扱っているところですから、この労働者も労働条件と異なるからと言って、全く働かずに東北から大阪に自費で戻ると言う事は難しかったのでしょう。この点において「嫌なら辞めればいい」という理屈は、簡単にできるものではないことを頭の中に入れておく必要があります。

 提示された労働条件と実際の労働条件が異なると言う状態はまま見受けられるもので、それ自体はさして珍しいものではありません。しかし、ここまで悪質なものは稀であると言えます。提示された労働条件と実際の労働条件が異なる場合、労働者としては労働契約の即時解除が認められています。労働契約は民事上の契約ですから、債務不履行とか不法行為として民事損害賠償請求の根拠にもなりそうですが、今のところ労働契約が異なる事をもって民事損害賠償請求訴訟が提起されたという話は聞いたことがありません。

 職業紹介する機関が実際に労働条件を綿密にチェックできるわけではありません。法律上、ハローワークであった場合違法な労働条件を提示してきた者の求人を拒めるだけです。今回のケースでは提示された労働条件は違法とは言えませんし、原発で瓦礫の除去をさせる仕事そのものも違法な労働条件で働かせているとも言えません。ただ、提示された労働条件とはあまりにも異なり過ぎているというところに問題があります。

 日本は西欧諸国と異なり、ブルーカラーであっても多能工的な働き方が求められる国です。例えば、採用時は経理に配属されていた者が総務に移動したり、開発現場にいる者が人事に移動することは珍しいことではありません。また、配置転換とともに賃金も変わります。採用後に職務内容が変わることが珍しくない国において、労働条件を厳密に提示することはかなり難しいと言えます。採用側としては、労働者配置のフリーハンドを確保しておく意味においても、労働条件の厳密な提示や、提示された労働条件と異なる労働条件であった場合の罰則はない方が良いわけです。

 しかしながら、虚偽の労働条件で募集し、危険な現場に送り込んだ今回の事件において、求人者が何のペナルティーも受けないと言うのは明らかに正義に反するのではないでしょうか。原発労働者の募集はただでもよく分からない労働者募集や下請けの世界の中でも更によく分からない分野であり、明らかになっていない点が多いところから考えて、同様の事例は他にもあるのではないかと考えられます。

 あまりにも事実とかけ離れた労働条件での募集や、悪質な虚偽による労働条件での募集を行った企業については、企業名の公表や公共職業紹介機関で一定期間募集を受け付けないと言うような法改正も必要と思われます。ビジネスの世界に限らず、無責任な悪人は法の網をかいくぐりますから、法の網すらなければ、自己中心、好き勝手、やりたい放題がまかり通るのは必至であるからです。民間の職業紹介事業者もかかる事業主とひそかに情をつうじていたのであれば、厚生労働大臣による許可の取り消しも当然でありましょう。

 このような事件を「人ごと」と考えるべきではありません。このようなやり方も「合法」で「何のペナルティーもない」ということになれば、同じような手口で労働者を募集して働かせる方法が常態化しかねない。そして、誰もがその被害者になる可能性があると言えるからです。

 福島の原発では日当40万円で募集しても人が集まらないと言う報道がされていました。今回被害に遭った労働者に提示されていた日当は1万2千円(中日新聞の報道によれば実際に支払われたのは2万4千円との事)だそうですから、差額相当額を誰がポケットに入れたのか、そのあたりも気になるところです。原発は土建業と並んで「中間搾取」の蔓延する世界だと言う噂が以前からありますが、このような事件が起きてはその疑いを拭い去る事ができないのは私だけではないでしょう。(日当40万円を支払っても東京電力があくまで下請けに作業をさせているということは、直接雇用したら日当で40万円支払うよりもっと高い代償を払わされるゆえではないかと考えると、また恐ろしくなりますが)

2011年5月 7日 (土)

浜岡原子力発電所の運転停止問題について

 菅総理が浜岡原子力発電所の運転の即時停止を要請し、中部電力は現時点では逡巡しているものの受諾せざるを得ないでしょう。現在、福島で起きている状況、更に東海或いは東南海地震が起きれば津波に襲われて同じような被害を生ずる虞のあることも鑑みれば、このような要請も当然想定されることではあります。

 しかしながら、この要請はいささか拙速の感を免れません。原子力の安全性に厳しい目が向けられている今日、中部電力として政府の要請を拒否するのは力関係から言っても、また企業イメージの問題から言っても難しい。ゆえに政府が十分な検討をしていることが大前提ですが、報道によればどうもそうではないようで、菅総理と側近が独断専行した可能性が指摘されています。非常事態である以上、ある種の独断専行は肯定の余地がないではありませんが。

 問題なのは、第一に中部の工業地帯と人口密集地に対する電力需要を賄えるのかどうかという事です。この点については、休止中の火力発電所を再開させ、また必要ならば関西電力から供給も可能と言う事なので、関東のように輪番停電等を行う必要性はないと説明されています。それでも節電は必要になります。電力需要の増える夏場にエアコンの温度を上げたり使わないと言う事が奨励されるでしょう。しかし、そう簡単なことではない。

 まず、クールビズが奨励されるようになり、冷房の設定温度が上げられた結果、多くの職場が灼熱地獄になっていることが指摘されている点です。現在のオフィスにはパソコン等それ自体が熱を発する機器が増えている。職場環境の悪化は単に作業能率が落ちるだけでなく、労働安全衛生法上の問題も引き起こしかねないところです。

 家庭においても暑熱で十分な休養や睡眠が取れないと言うような状態になれば、事故なかんずく職場での労働災害を生じさせる虞もあります。単に「我慢」で乗り切れると言うような単純なものではないのではないでしょうか。

 また、火力発電所を再開するという場合、必然的にCO2を輩出することになります。鳩山内閣時代にCO2削減と言う達成不可能と非難される「合意」を行い、更に愛知県で行われたCOP10でも日本は進んで負担を引き受けてしまっている。二酸化炭素排出量削減の切り札であった「原子力」が使えない以上、合意も事情変更の原則により見直されてしかるべきですが、このあたりのことが政府与党首脳の頭から抜け落ちている可能性があるように思われます。何しろ、合意する時にも国民生活や経済活動への影響をさして考慮していなかったのですから。

 「合意は守られるべし」というのは、古代ローマ法に遡る法の大原則であり、外交や国際法の世界でも重要な基本原則となっています。今のままでは、これを破る事になり、何の説明も合意もなければ、日本は国際的な約束を反故にする国として非難されることになりましょう。一方で、もともと達成不可能であった合意を更に守ろうと悪あがきを続ければ、国民生活と経済活動は更に低迷していくことになるのは必至です。

 こうした点において、もっと方針を明確にすべきだと思います。少なくとも浜岡原発に不安がある以上、地震や津波に対する対応は必要でしょうが、ただちに「運転停止」というのは拙速であり、他の原発も同じような理由で運転停止にしてしまえば(企業イメージの問題等から電力会社が政府の要請を拒否するのは難しい。ましてマスコミも反原発運動を持ちあげているのが現状)、我が国のエネルギー政策は迷走し、国民生活と経済活動の混乱に更に拍車をかけることになると危惧せざるを得ません。

2011年5月 3日 (火)

憲法記念日に思う

 憲法記念日です。私は改憲の立場に属していますが、現在の「改憲派」の多数意見には率直に言って違和感を感じています。

 改憲派の多数意見としては

 ・GHQによる押し付け憲法である

 ・権利の規定ばかりで義務の規定が少ない

 ・日本的な価値観が書き込まれていない

 というものが主に挙げられます。

 このうち、GHQによる押し付け憲法については、憲法制定の経緯を見れば明らかなところですが、内容に踏み込んだものではないし、憲法改正の直接理由にするのは難しいのではないかと思います。

 権利規定云々は日本青年会議所の「憲法タウンミーティング」等でも繰り返し主張されていたことなのですが、これこそ近代的意味の立憲主義を全く理解していないと言うしかない話です。憲法によって「国家を縛り国民を守る」のが近代憲法の主たる目的なのですから。

 ついでに言えば、社会奉仕を主たる活動としている青年会議所関係者はともかくとして、「権利規定云々」「義務云々」と言っている人たち、特に保守を名乗る政治家を見ていると、かなりの部分が自己中心、好き勝手、やりたい放題を繰り返し、弱者に対して義務規定を押し付けんとする姿勢が見て取れます。西欧のノブレス・オブリージュではありませんが、自ら率先して義務を果たし弱者の権利を守ろうとする者をほとんど見た事がありません(無論、ノブレスたる特権も我が国にないことは確かですが)。背後に、従順な国民作りという主目的があるのではないかと疑いたくなります。

 憲法に日本的価値観が書き込まれていないという点については、これも間違いです。少なくとも勤労の権利義務に関しては日本人の持ってきた勤勉さを基礎として書きこまれた規定です。

 近代人権思想に基づく規定は本来日本的なものではありません。しかし、日本はその歴史的な過程の中に人権と言う思想はそもそも存在しない概念でありました。日本には伝統的に思想の自由も信仰の自由もなかった。未だに「村八分」とか「ムラ社会」が残っており、選挙ではムラ社会的な飲み食いで毎回摘発者が出ているのが何よりの証左であると言えます。

 インテリ層にしても、検察官や裁判官は自白偏重主義や秘密主義に未だに凝り固まっている。検察の証拠ねつ造事件や警察の拷問まがいの事件は記憶に新しいところです。法的素養のあると言われている人々ですらこれなのですから、一般市民の法的素養は実のところ欧米諸国に比べて低いとしか言いようがありません。したがって、日本の伝統にはデュー・プロセス(適正手続き)という概念もない。

 私は選挙戦で「自主防犯組織の推進」とともに「適正手続き確保のための制度の整備」を訴えていましたが、「難しすぎる」「上から目線すぎる」と周囲の者に批判された記憶があります。しかし、日本にはデュー・プロセスという概念は、伝統的な価値観にはなく、一般的な価値観とも言えない状態です。かかる状態のままで自主防犯組織が拡大して行けばどうなるか。

 「怪しい男がいたので、ちょっと捕まえて数発お見舞いしてやったら自白した。共同体にとって危険な犯罪者だから処罰してくれ」

 というようなことになりかねない。適正手続きと言う人権法・刑事法の基本原則を欠いた状態に置くことは非常に危険なのですが、それをほとんど訴えることができなかった。大規模災害の際に警察が十分に機能しない状態になった場合など、市民の自主的防犯が治安維持の主体になった場合のことを考えると特に心配です。

 憲法が西欧人権思想に基づくものである以上、日本的価値観が書き込まれる余地はそもそも低いものであったとしか言いようがありません。

 アジア諸国で近代立憲主義に立脚した国はそもそも多くはなく、自由と民主が守られているような国は日本の他に韓国、台湾、トルコなど少数派と言うしかない状況です。言うまでもなく、韓国にも台湾(中華文明)にもトルコにも、西欧近代の人権思想と同等レベルの人権思想など存在してはいませんでした。日本も含めて、直接間接に西欧諸国の人権思想を「導入」したわけです。

 アジアには西欧的な近代立憲主義と異なる価値観に基づく憲法を持っている国も多い。例えば、サウジアラビアがそうです。憲法はクルアーンとハーディスなので所謂「イスラム法」ですが、イスラム法は当然ながら男女は平等ではなく、拷問や公開処刑、更に奴隷化の規定もあり(実際に「法的な奴隷」は存在していないそうですが外国人労働者が実質的に奴隷のような扱いを受けています)、人権思想というものは存在していない。人権思想はベースになっているキリスト教とともに、イスラームとは相容れない価値観とされています。

 中国や北朝鮮のような社会主義国の憲法も人権を保障してはいません。例えば、言論の自由に関して言えば、日本では総理大臣がバカだと公言して歩いてもただちに罪に問われることはありませんが(むしろ納得してもらえるかも知れませんが・・・)、アチラの国で最高指導者がバカだと批判したらどうなるか。これは日本でもよく知られている事です。

 人権思想を「導入」したことは、何ら恥ずべきことではないと考えます。人権蹂躙国家になることの方が恥じるべきことでしょう。

 次に、「護憲派」の主張についても検討して見ましょう。最近の護憲派が後生大事に掲げているのは「第九条」です。「九条の会」なるものもあちこちで作られています。

 「9条と25条が憲法の根幹」

 などという主張までされていますが、これも全くおかしな話です。

 「近代立憲主義の意味での憲法」で重要なのは政府の交戦規定でも戦争放棄の規定でもありません。あくまでも人権の保障、特に自由権の保障です。この点において、第9条の「戦争放棄」は、あくまでも人権保障のための「手段」のひとつに過ぎない規定です。言い換えれば、戦争放棄で国民の人権を守る事が出来ないなら、転換することも容認されてしかるべきということになります。例えば、全く抗戦せずに北朝鮮の攻撃に屈して全面降伏するような場合、日本人はことごとく収容所に送られることになるでしょうが、そのようなことを座して認めるようなことはあり得ない。

 25条は生存権を定めた規定であり、それ自体は重要な人権規定です。しかし、人はパンのみで生きているわけではありません。尊厳なき生存権というものは、実質的には無意味です。ドイツ基本法でも人間の尊厳の方が生存権よりも上位の概念とされています。生存権はあくまでも自由権を補完する規定と考えるのが自然ですから、これを「憲法の根幹」などと称してしまうのは、これまた憲法をまとも学んでいないことを自ら証明している事になります。

 私は改憲派ですが、その主眼は政府・自治体機構の改革の面においてです。いくつか、改憲すべきと考える例を述べましょう。

 「徴兵の義務」を書き込むことには反対ですが(仮に書き込んでも現在の義務規定と同様の訓示規定に過ぎないものになるでしょうが)、国軍の創設には賛成ですし、国家機構の中で軍隊の指揮命令や権限は明示されるべきです。

 また、地方自治制度については憲法は二元代表制のみを定めていますが、住民自治と団体自治の原則のもとで、もっと自由な制度設計の余地が自治体側にあるべきです。地方自治の権利は多数説においては国家の元で分権されているということになっていますが、自然権に基づく前国家的権利であると構成することも可能であり、前者はともかく後者の立場に立つとかなり広範な制度設計が認められてしかるべきと考えられます。

 現在の改憲派の意見も護憲派の意見も聞いていると、真に日本にとって必要な憲法の在り方を模索していると言うよりは、自分達の政治的立場の強化の方を優先している感が否めません。

 まず、必要なのは冷静な分析と議論です。

2011年5月 2日 (月)

ウサマ・ビンラディン容疑者死亡

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 アルカイダの頭目であり911テロの首謀者とされるウサマ・ビンラディン容疑者がアメリカ軍によって殺害されたとの発表がありました。遺体はDNA鑑定された後、水葬に付されたそうです。

 2001年にはじまった対テロ戦争にとって、「一つの節目」「一定の戦果」とは言えそうですが、これで終わりかと言うと、とてもそうは思えません。

 普通の戦争であれば、最高指導者の殺害で終わったものです。古くは夏の桀王や殷の紂王、東ローマ帝国のコンスタンティノス11世、最近ではヒトラー総統が自決したナチス・ドイツの滅亡がその典型です。ところが、今回の「テロとの戦い」はそのような戦争ではありません。

 確かに、ビンラディンは「ひとつのテロ組織の頭目」ではありましたが、テロ組織全体どころか、アルカイダすら完全に統制下に置いていたとは言えない存在でした。もともと、テロ組織そのものが「曖昧なもの」であり、アルカイダも色々な組織が自称していると言われていますから、全貌もよく分からない。これでは、ビンラディンを一人殺したところで、テロ組織を壊滅させたとは言えません。つまり、「テロとの戦い」が終わるとは全く考えられない。

 アメリカ軍に殺されたビンラディンは、今までも「英雄」としてイスラム諸国で称えられていました。これに加えて、アメリカ軍と言う「クルーセイダー」に殺されたわけですから、まさにイスラム教徒にとっては「殉教者」になるのであり、これで「聖人」の地位を手に入れたとすら言えます(イスラム教にはカトリックや東方正教会のような「聖人」の概念はありませんが)。ビンラディンは、死んでもなお反米勢力の人々の心の中で永遠に生き続けることになるのではないでしょうか。

 「最大のカリスマ」は死んだとしても、第二第三のテロ指導者、ビンラディンが出てくる事になれば、殺しても殺しても戦争は終わらない事になります。イスラム原理主義勢力や反米勢力は、ビンラディンを自分達に都合のいいように美化して行くことでしょう。テロとの戦いが今後も続く事だけは覚悟しておく必要があります。

2011年5月 1日 (日)

フランツ・ヨーゼフ1世の言葉

 私は、ヨーロッパの古い仕来りに則った最後の君主である。私は、随分以前から気が付いていた。今日の世界にあって、私たちがいかに変わり者であるのか。

 皆が死んでいく。私だけが、死ぬことができない。

                    

    オーストリア=ハンガリー二重帝国皇帝 フランツ・ヨーゼフ1世(1830年8月18日 - 1916年11月21日)

 フランツ・ヨーゼフ1世は当初はオーストリア帝国の皇帝として、その後オーストリア=ハンガリー二重帝国の皇帝として、黄昏のハプスブルク帝国を支えた人物です。政治的にも見生活の面でも保守的な人思想の持ち主で、このためウィーンの宮廷の堅苦しい儀礼に耐えられなくなったエリザベート皇后は放浪の旅に出たまま帰らなくなり、自由主義者であったルドルフ皇太子は絶望して自殺してしまいました。どちらも「エリザベート」や「うたかたの恋」として、現代の日本でも多くの舞台や映画として鑑賞される機会の多いエピソードですが、家庭的には大変不幸な皇帝だったと言えます。

 伝統の尊重は重要な事です。ですが、フランツ・ヨーゼフはその伝統を「おかしい」と多少感じつつもそこから脱却することが遂にできなかった。治世の末には皇太子であったフランツ・フェルディナンドがサラエボで暗殺されたのをきっかけとして第一次世界大戦を引き起こし、その最中に86歳で崩御しました。

 ハプスブルク帝国はフランス帝国や大清帝国と異なり、生き延びることのできる可能性のあった帝国でありましたが(帝国内のハンガリーやボヘミアは喪失することになったとしても)、600年というハプスブルク帝国の伝統を守ろうとしたことが、逆に帝国崩壊への引き金を引いてしまった感は否めません。

 何かが変わっていると気づきつつも、実際に過去のやり方から脱却した行動を取る事はなかなか難しいものです。

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