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2011年4月

2011年4月29日 (金)

ウィリアム王子結婚式

 イギリス王室の慶事をお喜び申し上げます。

 もっとも、「豪勢な監獄入りの行事」と皮肉な見方も出来なくはありません。王室皇室特にイギリス王室における泥沼劇は毎度のことだからです。キャサリン妃殿下が、今後「茨の道」を歩まれるであろうことは容易に想像できるところです。

 チャールズ王太子をめぐる泥沼の三角関係はダイアナ元妃が死去した後も記憶に鮮明なところですが、それ以外にもゴシップには事欠きません。何しろ、今のキャメロン首相すら、ウイリアム4世が妾に産ませた子の子孫なのですから(ちなみに、庶子に王位継承権が認められなかったため、ウィリアム4世の後継になったのが有名なビクトリア女王です)。

 結婚式は英国王室即ち英国国教会の儀式によって行われていますが、これを見ていると英国国教会がカトリックから分離したものであることが実感できると思います。華やかな儀礼や高位聖職者の衣装などは、プロテスタントの式典よりもカトリックの式典に明らかに近いのですから。

 同時に、聖歌隊の中には黒人や東洋系の少年の顔も見えます。イギリスが「移民国家」となり、その国民も変容してきている証左と言えましょう。

 イギリスと言えば、伝統的に「海軍国」でした。日本の海上自衛隊の先祖にあたる大日本帝国海軍の師匠はイギリス海軍だった。1981年のチャールズ王太子の結婚式で、王太子は海軍の軍服を着用して式に臨まれました。しかし、ウィリアム王子は空軍大尉であり、今回の式典で着用している軍服の胸にはウイング・マークが取り付けられています。

 イギリス海軍は第二次世界大戦後縮小を続けてきましたが、昨年の末からはそれが加速しています。ハリアーの退役により軽空母も事実上全廃されてしまい(次の空母は建造中ですが、就役はまだまだ先です)、新型駆逐艦の計画数は12隻から6隻に縮小され、まだまだ使えるフリゲイトや揚陸艦や補給艦も続々と退役している。

 ウィリアム王子の軍服から、イギリスが外洋海軍中心の安全保障戦略から、転換しているのではないか・・・と考えてしまっているのは私だけでしょうか。(もっとも、他の多くの国の空軍が「陸軍から分離した」という経緯を辿っているのと異なり、イギリス空軍はイギリス海軍から分離したという形式を取っていますから、その点ではウィリアム王子もイギリス海軍の末裔と言えるのかも知れません(日本の航空自衛隊の一等空尉も含めて空軍大尉は陸軍大尉と同じく「キャプテン」と呼称されますが、ウィリアム王子の任官している「空軍大尉」の階級は海軍大尉と同じくルテナントと呼称されています))

ブログは続けさせていただきます

 先の選挙におきまして有権者の皆さんから失格と判断された私であります。多くの方々にご迷惑をおかけしました。その意味からも、暫くは謹慎し、周囲のご意見に謙虚に耳を傾けたいと思います。

 ですが、様々な問題に対して考えることを止めることは、自分にはできないことであり、何人かの方の励ましもあり、このブログは続けさせていただくことになりました。

 ただし、落選と言う事情を踏まえまして、長久手町に関する争点や論点についてはできるだけ差し控えさせていただき、従来からの私の専門である労働問題や大学院時代に関心を持って学んできた国際法・国際情勢についての話題の比重を多くしていきたいと考えます。

 それでも、読んでいただければ幸甚であります。

     平成23年 4月29日

             水野 勝康

追伸

 なお、選挙事務所は閉鎖致しましたので、もし私に対して連絡を取る必要がある場合には、下記のメールアドレスまでお願い申し上げます。

 mizuno-k19800227AThotmail.co.jp

 (ATを@に直して送信してください)

名古屋市議会議員の給料800万について

 首長と議員の違いは、単に行政府と立法府の役割の違いだけではない。日本に限らず資本主義先進国における行政機構の肥大化はかねてより指摘されてきたところだが、首長は巨大な行政機構のトップの地位にある。小さな政府か大きな政府かの議論はともかくとして、立法府より圧倒的に強大な組織のトップであると言う事実は疑いようがない。

 翻って、議員は首長に比べて数こそ多いが、その活動を支える基盤は個人後援会にしろ政党支部にしろ、行政機構に比べれば実に小さな、弱いものである。国会議員は憲法上個々の議員が単独で「国家の機関」とされているが、仮に地方議員を単独で「地方政府の機関」と考えたとしても、その力は行政府に対してあまりにも弱い。

 しかも、首長は行政機構の職員を部下としてある程度の裁量をもって使う事が出来る。かつての自民党政権において、官僚機構は政府与党のシンクタンクとして機能してきた。自民党をはじめとする主要政党や民間においてシンクタンクが育たなかった背景は、そもそもそんなものを作って維持する必要がなかったためである。これは、そのまま地方自治にも当てはまると言える。また、事実上オール与党化していた地方議会においては、行政を監視するより、行政に「頼む」役割が強く期待されてきた結果、政策立案機能は市民の側からも大して重要視されてこなかった。

 最近になってから、地方議員の政策立案機能の強化が主張されるようになってはきたが、結局のところ地方議員は政党に属すにしろ会派を組むにしろ、基本的には個々の議員で行政機構と対峙する事になる。行政府に伍して政策提言して行くことは制度上極めて難しい状態にある。

 名古屋市民は市議会議員の給料を減らすことを熱狂的に支持した。そして、それを提唱した河村市長は議員はボランティアでつとまるものだとしている。首長と比べて行政機構と言う背後を持たない議員にとっては、給料や献金など自分で賄える資金の範囲内で政治活動を行い政策立案をしていくしかないが、これではかなり厳しいのではないか。少なくとも、議員の給料を全額ポケットに入れている議員は皆無であろう。

 ここから考えると、名古屋市民は議会に政策立案などそもそも期待しておらず、その面での今後の拡充も不要ということなのであろう。第二次世界大戦後の先進諸国においては行政府の肥大化に対して立法府のバランスをいかに取るかが課題のひとつとなってきたが、民意は立法府としての議会ではなく、参事会レベルのものすなわち先祖帰りを志向していると言える。

2011年4月28日 (木)

大府市議会議長公職選挙法違反事件

 大府市の市議会議長が一人千数百円相当の供応買収をしたという容疑で逮捕されました。票の取りまとめのために飲み食いをさせたということですが、一応若干の会費を徴収しておいて、差額を負担すると言う方法で利益供与を行っており、見方によっては会費でカモフラージュした悪質な手法と言えましょう。

 気持ちは分からないでもありません。選挙を助けてくれる人に何かしてあげたいと思うのは素朴な人情です。選挙を助けてくれる人はもろちん打算や利益で近づいてくるような人もいますが、誠実に、真剣に助けてくれる人も多い。そうした方々に、一席設けることは民間では許されることかも知れませんが、公職選挙の世界では許されないのです。

 また、立候補する以上落選は怖い。心の中で違法行為を後押ししてしまう心理状態は、立候補を決めれば何度でもありますし、そうした誘惑もある。一席設けて百票だか二百票取りまとめることができるとなれば、その誘惑から逃れることは容易なことではありません。ここで、価値判断が分かれます。とにかく勝つ事が第一という価値判断に立つか否かということです。どちらに立つかは候補者次第でしょう。

 しかし、できることとできないこと、していいことと悪い事は当然あります。してはならないことをしてしまった以上、その責任は取るべきです。

 この事件は大府市の事件ですが、同じような事が長久手町で行われていたとしたらと思うと背筋が寒くなります。公職を目指す者全体の不名誉以外の何物でもないからです。今後、公職を目指す者はこの事件を他山の石としなければならない。

 同時に、有権者の側も、飲ませられたり食わせられたりして票を投じたり運動したりすることのないようにする必要があります。提供した候補者がまず責任を問われるべきですが、受けた有権者の方も当然ながら責任があると言えます。需要と供給、政治家と有権者の意識レベルがかけ離れることはないわけです。

 ちなみに、台湾では数年前まで「供応は買収にあたらない」とされており、有権者に飲ませ食わせすることが当たり前でした。また、「日本円で500円以下であれば現金を配っても買収にならない」ともなっており、あの李登輝総統も随分ばら撒いたそうです。

 ただし、豪勢に飲ませ食わせしたり現金をばら撒いても当選できるかは別の話だったようで、2000年の総統選挙では現職副総統であった国民党の連戦候補が「日本円で1000円相当の豪華な弁当」を出して、かえって有権者の顰蹙を買っていたと言われています。(連戦候補は2000年と2004年の総統選挙でいずれも落選)

 その後法改正が行われ、現在では「日本円で50円相当」まで押さえられているそうです。この金額は、大体軽い食事ができる程度の金額ですから、かつてのやりたい放題よりは前進したと言えそうです。それでも、名前の入ったボールペンを配った候補者が逮捕され、「ボールペンは50円以内か」が真面目に公判で争われていました。(判決で裁判所がどのような判断をしたのかはよく分かりませんが)

 なお、逮捕された大府市議会議長も「供応買収を禁止する公職選挙法の規定は自由な選挙・政治活動を定めた憲法に違反する」と言い張って最高裁まで争えば、歴史に名前は残るでしょう。選挙関係では戸別訪問禁止規定の合憲性が争われた事があり、この他にも水道メーター談合事件では「談合を禁止すると中小企業が困るからそんな独占禁止法は違憲無効である」とか、果ては「覚せい剤をやる自由は幸福追求権として保障されているから、覚せい剤取締法は違憲無効である」として争われた事案もあります。

 共和政ローマでは供応買収は当然とされており、候補者が自腹でパンを配り、剣闘士の試合等の見世物をタダで有権者に見せていました。それだけの財力があり、市民に自腹で奉仕できるから公職に就く権利も能力もあるだろうと考えられていたためです。ご参考までに。

2011年4月26日 (火)

中央政界の政争について思う

 民主党内では菅降ろしが公然化し、自民党と公明党も総理退陣を要求しています。そして、政府は必死に延命工作を行っている。とどのつまり、未曾有の国難が政治利用されているわけです。

 かつて、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻した時、参戦したイギリスでは保守党と労働党が挙国連立内閣を組織して戦いに当たりました。そして、ポツダム会談中に総選挙が行われ、戦争を戦い抜いたウィンストン・チャーチル首相率いる保守党は敗北し、チャーチル首相はただちに同席していたクレメント・アトリーに会談を引き継いで帰国・退陣しています。日本ではアメリカと並んでイギリスが範とされていますが、二大政党制やクエスチョン・タイムと言った表面上の事だけ導入している感があります。

 しかも、中心になって政争を繰り広げている政治家が落選するかと言えば、必ずしもそうとは言えない。小沢元代表などは初当選以来四十年余連続当選です。義理人情、しがらみ、そうしたもので政治家を選んでいる以上、政治の混迷もまた当然の結果ではないでしょうか。

 中央政界の政争は決して遠い世界の話ではなく、国民を映し出した鏡なのではないかと思えてなりません。(地方政界であってもこれは同様ですが)

2011年4月25日 (月)

祝福を申し上げます

 昨日投開票が行われた長久手町議会議員選挙において当選を果たされた20名の方々に対して、心から祝福を申し上げます。議会において全力で町民の付託に応えられる事をお祈りいたします。

 議会は原則的には行政府に対する立法府となりますが、地方自治法上地方議会には自治体の総合調整機関としての役割も設定されていますから、市制施行に備えて議員の皆様が知恵を出し合われる事を特に期待しています。

 私自身は全力で戦いましたが、多くの方々のご期待に添えない結果となってしまいました。この場にてお礼を申し上げることはできませんが、本当に感謝しています。多くの仲間に支えられました。こうした仲間を持てた事を誇りに思います。郷土のため公の場において働きたいと言う長年の想いは叶いませんでしたが、これも有権者の審判の結果ですので、それを厳粛に受け止めたいと思います。

   平成23年 4月25日

           水野 勝康

2011年4月18日 (月)

ブログの更新を停止します

 明日から町議会議員選挙がはじまりますので、ブログの更新を停止いたします。

 私は、個人的な見解としてはインターネットを利用した選挙運動を解禁すべきだと考えており、それを違法行為としている現行の公職選挙法は、自由な選挙運動を原則としている憲法に違反している疑いが濃厚であると思っています。

 しかし、現在の法は法であり、法令を順守した活動を行わなければ公人となる資格もまたありません。

 しっかりと活動を行い、これまでブログで述べて来た事、また有権者の皆様方と直に接して伝えられ、感じて来た事を、より公的な場所で発言して行けるよう頑張りたいと思います。

      平成23年 4月18日

               水野 カツヤス 拝

追伸

 事務所は開いています。そして、皆様方とお話しする自由はありますので、ご来所いただければ幸いです。

 場所は

  愛知県愛知郡長久手町打越509番地

  (町立西小学校の北 名古屋長久手線沿いで長久手郵便局と田中鮮魚の間です)

 となります。

防災姉妹都市協定の締結について

 既に周辺自治体の中でも他の自治体と防災協定を締結されたところがあります。我が長久手も、急ぐ必要はありませんが、他の自治体と防災協定を締結し、相互に助け合う体制作りをしていく必要があると考えます。

 大規模災害が発生した場合、大都市の中心部ですとか、極端に被害の大きい自治体はマスコミに取り上げられやすく、相対的にせよ物資が集まりやすく、救援の手も差し伸べられます。しかし、そうでなければ、被災地の声はなかなか届きません。しかも、災害発生時には情報が錯綜することが多々あります。そこで、被災地の外で「長久手だけを見つめてくれている」相手が必要なわけです。

 基本的な枠組みとしては、長久手の行政機構が広範囲に渡って破壊されてしまっているような場合(災害対策の資料を調べてみると、行政機構が広範囲に渡って破壊される程の状態にはならないとされており、私もその調査結果を信じたいのですが、「もしも」ということは考えておく必要があります)、特に支援物資や人員について、協定を締結している自治体に取りまとめて送ってもらうと言うことになります。大規模災害の際には行政機構が麻痺状態に陥る事が珍しくなく、物資を集積してもさばき切れないことが想定されますし、必要な物資や人員のスキルと送られてきた物資や人員のスキルとのミスマッチを防ぐ必要もあります。そうなったとき、被害を受けていない自治体が取りまとめて送ってくれれば、住民に必要な物資や支援が迅速に届くようになり、行政機構の負担も軽減することができます。

 もちろん、協定を結んだ相手の自治体が大規模災害や紛争に巻き込まれた場合、長久手が全力を挙げて助ける事になります。「情けは人の為ならず」は決して死んだことわざではありません。

 協定を結ぶ相手先の要件としては、ある程度長久手から離れたところにある自治体と言う事が第一の要件となります。三重県や静岡県の自治体の場合、東南海大地震でも起きたときには長久手以上に被害を受けて救援どころではなくなる可能性があるからです。福島第一原発事件のような放射能汚染のことも考慮すると、九州や北海道の自治体との締結も検討すべきだと思います。

 また、相手の自治体が過疎ですとか、財政状況が悪いような場合も、十分な救援を受けられない可能性が出てきます。一方で、相手先の自治体があまりにも巨大な被害が生じやすいような場合、長久手の対応できる範囲を超えてしまい、十分な支援を行う事が出来なくなる。そうなると、相手探しは何処でもいいというわけにはいきません。

 どちらかが極度に依存してしまうような関係では、人間関係と同じく長続きはしないでしょう。双方の自治体がWin-Winの関係を作れるよう、ある程度の時間をかけ、十分な話し合いをして、その上で協定を締結する必要があります。

 また、単に防災協定だけでなく、姉妹都市として幅広い交流を行うことで、町外の視点から意見交換をすることができれば、行政や議会の活性化も図る事が出来ます。例えば、職員の相互派遣だけでも、異なる組織に身を置く事で得るものは多いでしょう。だからこそ、私は「防災姉妹都市協定」を締結すべきだと考えているのです。

 長い目で見て、長久手の安全を確保できるような体制作りをすることこそ、政治の役割と言えるでしょう。安全が確保できないことには、福祉も経済活動もままならないことになるわけですから。

リニモ活性化の方向性について

 アメリカは車社会だと思われがちであり、実際にほとんどの地域では車がないと生きていけません。しかし、車社会から脱却して、公共交通機関が多用されている地域があります。それは、首都のワシントンDCです。

 私は3年前、当時シンクタンクの研究員をしていた知人の招きではじめてワシントンを訪れました。実は米領自体、足を踏み入れるのははじめてのことで、ハワイにもグアムにも行かずにいきなりワシントンに来る日本人は珍しいと言われたものです。

 その時に、ワシントンでアメリカ政府の中枢機関が置かれている地域をまわりましたが、基本的に地下鉄で用が足りてしまいました。宿泊させていただいた家はワシントンの隣のバージニア州アーリントン郡にありましたが、そこから地下鉄で毎日ワシントンに通いました。

 これは、ワシントンの再開発で地下鉄を再整備し、地下鉄の利便性と治安を改善し、ワシントン郊外の住宅地であるバージニア州やメリーランド州からの通勤に便利なようにしたためです。このため、ワシントンやその周辺では、車に頼らずとも通勤通学でき、車のシェアなどの動きが進んでいます。

 これは、リニモ活性化のために、大いに参考になる例だと思います。

 リニモの赤字が続いています。現状では、イルミネーション事業やイベント等行っていますが、抜本的に赤字解消につながってはいません。恒常的な需要を創出しない限り、単発的な打ち上げ花火では、状況は変わらないでしょう。

 名古屋への通勤の利便性を向上させ、宅地開発と連動すればどうでしょうか。長久手町のリニモ沿線に住み、そこから名古屋に通勤する。このスタイルが定着すれば、リニモは債務ではなく、有益なインフラとして活用することができます。

 リニモそのものは優れたシステムです。騒音はほとんどなく、高架の下で普通に会話していても、通ったことすらなかなか気が付かないくらいです。普通の鉄道では対応できない急なカーブや高低差にも対応できる。これを生かすか、殺すかは、まさにこれからの政策立案次第です。

 ただ、そのためには長期的な視野で取り組む必要があります。住環境を整備し、通勤の利便性を向上させることは、すぐに成果が出るものではありません。土地区画整理だけでも、簡単なものではない事は自覚する必要があります。十年先、二十年先のことを考えて、取り組むべきです。

町議会議員の定数をいかに考えるべきか

 議員定数の削減が、最近の「流行」になっています。そこで、町議会議員の議員定数のあり方について、考えてみたいと思います。

 議員定数削減派の主張は、議員定数を削減すれば無駄が減り、議員の資質も向上すると言うものです。一方、現状維持派又は増員派の主張は、議員には住民の声を届けるという仕事があり、議員定数が減ってしまうと、この仕事が難しくなると言うものです。どちらの主張も、一理はあります。

 しかし、定数を減らしたとしても、ただちに議員の資質が向上すると言う保証はどこにもありません。もし、議員が多いと資質が墜ちるのであれば、日本と比較して議員数の格段に多いドイツやイギリスの議会などは日本以上に無茶苦茶な状態になっていなければなりませんが、むしろ日本では手本とすべきだとさえいわれています。議員を減らす事が無駄の削減につながると言う意見についても、議会制度そのものを無駄な存在として否定する理屈と変わらないものになってしまいます。

 一方で、議員が増えたとしても、それだけでただちにきめ細かな住民の声が届く保証もまたありません。住民のニーズは多用であり、そのニーズの数だけ議員を揃えると言う事は現実的には不可能であり、結局一人の議員がある程度「まとめた」上で伝えると言う事にならざるを得ないからです。

 私は今後地方議員のあり方をどのように考えるのかによって、答えが分かれてくると思います。

 ひとつは、地方議員を自治体の立法や行政の監視を行う一種の専門職とする考え方です。この場合、地方議員の数は削減され、高度な立法活動や調査活動について賄えるだけのそれなりの支出を増やす必要があります。地方議員は制度上原則的にはパートタイムになっており、フルタイムとして制度設計させていませんから、改める必要も出てきます。兼業の禁止等、権力に比例して課せられる制約を増やすのも当然と言えましょう。

 一方で、地方議員はパートタイマーであり、住民の声を伝えるのがメインの仕事であると考えれば、高度な専門的知見を磨く必要などはそもそもなくなります。そうなると、副業として議員をすれば足り、必然的に歳費も削減できる事になります。

 私は、地方議員をめざす立場としては、専門職として取り組みたいと思います。今や地方自治体といえども国際レベルの問題と無縁ではいられませんし、処理すべき課題もひとつの自治体だけで解決できないようなものも多く、そうした中で広い視野に立って活動する必要があると考えるからです。また、住民の意見を総合的に調整する機能を確かに地方自治法上地方議会は持っていますが、情報収集に関してはある程度専門性を持つ行政府に委ね、最終的な判断に議会が集中するということで対応できるのではないでしょうか。ただ、そうした高度な活動をしていくためには、住民の方々も地方議員とはそのようなものだという理解をしていただく必要があるのではないかと思います。

 また、制度設計にまで考えを及ぼせば、アメリカの地方自治の場合、公選で選ばれるのは首長と議員に限られないと言う事も考える必要があります。アメリカでは教育委員は公選であり、判事や検事も公選で選ばれる場合があります。中には、死刑執行の見届け人まで公選で選ばれているところすらあります。

 確かに、アメリカは議員こそ少ないのですが、公選されるポストも多く、政治任命のポストも非常に多いのです。日本ではそうしたポストが少ないことも考慮に入れておく必要があります。また、日本では「この道一筋」という方が評価されますが、アメリカでは政治ポストを渡り歩くのが普通であり、議員を辞めた後に更に活躍する元議員も珍しくありません。

 更に、政治と行政、司法や経済界との行き来もするのが普通です。人材育成として、日本は新人議員が議席に座って勉強して行くのに対して、アメリカの場合は政治任命のポストに就いて勉強すると言うことが多いようです。いずれにせよ「即戦力」というものはアメリカであっても実際は幻想に過ぎない存在とは言えるでしょう。

 議員定数の問題に関しては、地方議員のあり方から、制度設計に至る部分までを総合的に検討して進める必要があります。今の賛否意見は、残念ながらあまりにも短絡的過ぎ、いずれを選んでも禍根を残す事になるでしょう。

 地方議員はいかにあるべきか。まず、そこから議論を始めるべきではないでしょうか。少なくとも、自分の当選のための保身や、或いは自分の身が安全だからという意図で削減案に賛否を示すのは論外です。

 (自由な制度設計まで視野に入れれば、アメリカの州議会のように二院制にしてしまい、専門的知見で立法活動に携わる少数精鋭の専門職議員と、住民の多様な声を反映させるための多くのパートタイマー議員と別個の議会を作ってしまうということなども考えられるます)

2011年4月17日 (日)

部活動等は学力向上の障壁か

 4月14日に書かせていただいた「教育環境の改善は簡単ではない」について、イベントや部活動が学力向上の障壁になるのではないかとの御指摘がありましたので、私の考えを述べさせていただきたいと思います。

 確かに、一見するとイベントや部活動は学力を直接向上させる場とは必ずしも言えません。進学が基本的に「学力」で決まる事を考えると、学力向上につながらない場に子供を送り込む事に不安を覚える父兄が多いのも理解できます。

 ですが、教育は必ずしも学力だけが全てではありません。全人格の向上こそが目的ではないでしょうか。私が名古屋第一高校時代三年間担任としてお世話になった恩師は、しっかりと学力向上のための勉強をさせてくれましたが、一方で学校行事の手を抜くことは決して許しませんでした。私が高校時代、学力を高める一方でリーダーシップや思考について向上させる事ができたのは、この先生の方針のお陰であり、この恩師なくして今の私はなかったと言っても過言ではありません。

 また、社会人学生として大学院で学んで思ったのは、学ぶと言う事は決して遅すぎると言う事はないということです。学びなおす機会は、いくらでもあります。一方、人格は簡単には変わりません。

 かつて、管理教育全盛時代に部活動や学校行事は苛烈を極め、当時の話を聞いていると日本の話か北朝鮮の話かと思ってしまいます。しかし、一方でその時代に比べると学力の低下が嘆かれていますから、決して学力向上との両立が不可能であるとは思われません。むしろ、日々の勉強と異なる場に身を置く事で、新たな発見や将来設計のできる機会を与え、学力向上の動機づけになるのではないかと考えます。

 無論、私は管理教育に戻る事には絶対に反対ですし、部活動や学校行事が子供たちに苛烈極まる圧迫をするものであってはならないと思います。

 また、学習の場では少人数教育を推進する立場ですから、個々の子供にそれぞれ適切な教育を施すことで、全体的な学力も向上させられるのではないかと考えています。

「市民派」を名乗る根拠は何か

 「市民派」を名乗るのは一種の流行になっています。「市民派」を名乗るだけで、政治から距離を置いたフレッシュな存在に見えるから、選挙で無党派票を集めるのには有利になると言われています。

 では、「市民派」を名乗らない者は市民派ではないのか。私は「市民派」を名乗らない者も、市民派であると考えます。何故ならば、西欧型の民主主義政治システムを導入している国では、市民に支えられない政治家と言うものは基本的に存在し得ないからです。

 確かに、日本では選挙で「政府転覆」を公約に掲げたり、対立候補に「神である自分に逆らうのだから、腹を切って死ぬべきである」と要求することも自由ではあります。しかし、こうした候補者は当選することをはじめから意図していないことが多く、当選を目指しても実際に当選した例は皆無です。

 また、一人では選挙もできません。巨大な組織を作らなくとも、後援会長や出納責任者くらいは置く必要があります。そして、一票で当選できる選挙と言うものもまた、ありません。

 日本の公職者は、全て有権者から選ばれなければなりません。そして、その票を投じる有権者とは、市民階級そのものであります。中国や北朝鮮の議会ならば、「党」や「軍」が事実上指名してしまう議席もあります。しかし、日本の場合は警察官や自衛官とて有権者として自由意思で一票を投じます。

 そうなると、日本の政治家は全て市民に立脚しなければ存在し得ない。つまり、「市民派」以外の政治家はそもそも公職者として存在する事が出来ないのです。何故、わざわざ「市民派」を名乗られるのか、市民派でない政治家が日本に存在しうるのか、市民派と呼ばれる政治家の方に一度聞いてみたいと思うのですが、何故かその機会がありません。

 また、「市民感覚」や「住民目線」を訴えられる方も多いのですが、そもそも市民の感覚は教育程度や経済、経験等によってもかなり異なるもののはずです。また、政治家とて地方議員は住民でないと立候補することすらできないのですから、住民目線以外の何の目線が存在しているのでしょうか。政治家が「市民感覚からズレている」とか「住民目線を持っていない」と言いたいのかも知れませんが、政治家を選ぶのは住民なのです。

 左翼思想を持っている方が「市民派」を名乗られている例が目立つように思いますが、「左翼」と「市民」は全く別の概念です。

 色々な言葉が飛び交っていますが、政治家がその言葉の持つイメージだけを利用しようとしてはいないでしょうか。有権者も、言葉に飛びついてはいないでしょうか。

2011年4月16日 (土)

非常時の医療従事者の確保について

 医師不足が叫ばれている中で東日本大震災が発生し、被災地での医療従事者の不足は深刻であると報じられています。医療従事者と言っても、医師だけでなく、歯科医師、薬剤師、検査技師、看護師など、多様です。医師だけ見ても、直接医療に携わる医師の他、今回のような災害の場合には身元を確認したり、死体検案書を書いたりする医師も必要になります。

 長久手町の場合、地域の医療中枢たる愛知医科大学があり、病院やクリニックも多数あります。分野も多岐に渡っており、非常時にはまずこれらの医療機関を効率よく運用する事が第一となるでしょう。そのためには、医療機関そのものが被災しないような対策、医療機器が正常に稼働するような環境の確保が必要になります。薬剤については、薬剤師会と連携して確保する協定がありますが、災害が長期化するような場合には、先に挙げた「自治体間の防災協定」(私はこれを「防災姉妹都市協定」と呼びたいと思います)によって、連携する自治体で取りまとめて供給すると言う事も検討されてよいでしょう。

 医療従事者の確保と言う問題は平時でも難しいのですが、余剰人員を緊急招集するシステムは検討されてよい。そして、看護師はそのシステムを構築する余地が大変多い専門職であると言えます。

 日本の看護師資格保有者のうち、実際に看護師としての業務に従事しているのは約半数に過ぎません。同志社大学大学院の中田喜文教授の調査によれば、正看護師で6割、准看護師で4割という結果が出ています。准看護師に至っては、看護師として稼働しているのは、半数以下なのです。厳しい実習を経て取得する免許でありますから、決して技術が習得されていないわけではない。離職の理由は今回の本論ではありませんので省略しますが、潜在的な供給源として期待はできると思います。

 実際、離職看護師の4割程度は看護師としての復職を望んでいると言う厚生労働省の調査結果もあり、また中田教授の調査では研修プログラムを受けさせることで、復職へのハードルが低くなるという結果も出ています。

 災害時に備えた、休眠状態にある看護師を活用する制度を導入することを、看護師会や看護学部などと連携して構築していく必要があるのではないでしょうか。少なくとも、活用できる人的資源が豊富に存在しているわけですから、これを放っておくのはあまりにももったいない話です。人的資源を有効に行かせるかどうかは、政治や行政が有効な制度を作れるかどうかにかかっています。

2011年4月15日 (金)

伝統文化の保存・承継の意義について

 グローバル時代は国際化の反面で、常に自分が何者かが問われることになります。特にヨーロッパ社会やイスラーム社会では伝統を尊重します。自分達の伝統を何も知らない、興味も関心もないというのでは、二流市民扱いを免れません。つまり、国際化社会では通用しないのです。

 私は警固祭に参加していますが、年々発砲できる場所は減り、参加者も少なくなっています。伝統文化は自治体にとって住民の共同体意識の基本になり得る重要なものでもあります。伝統文化の保存・承継は住民の権利ですから、これを守ることも自治体の役割ではないでしょうか。無論、政教分離原則は堅持しなければなりませんし、あまりにも非合理的な慣習も改める必要があります。

 古老らから話を聞くと、長久手町には現在残されているもの以外にも、多くの年中行事があったようです。興味深いのは、そうした年中行事が太平洋戦争が激化する頃を境に姿を消したということで、戦争中に行事の自粛要請があり、戦後の混乱の中で復活もされないまま忘れ去られたと想像できます。都市化は確かに多くの伝統行事を過去の遺物と化させてしまうものですが、行事の衰退を都市化に求めてしまうのは短絡的と言えましょう。

 新住民の伝統行事に対する無理解はよく嘆かれますが、一方で伝統行事の中心になっている原住民が新住民を広く迎え入れる態度を取ってきたのかと言うと、そうとは言えない面があります。また、説明責任を果たしてきたのかもよくわかりません。私自身は先祖代々数百年長久手に住んできた原住民そのものです。しかし、長久手の住民は長久手に住む者すべてです。移り住んできた時期が遅いか早いかだけの違いでしかありません。長久手の住民が伝統を持つことをひとつの「誇り」にできるよう、私は努力していきたいと思います。

2011年4月14日 (木)

教育環境の改善は簡単ではない

 子供により良い教育を受けさせたいと言うのは、普通の親ならば誰しも願う事であると思います。子育て支援とも関連して、住民からのこの分野での要望は根強いものがあります。特に、長久手町は住民の平均年齢から見ると子育て世代そのものであり、子育て・教育についての要望が多いのは当然のことと言えます。

 この二十年ほどの間、推進されてきたのは少人数教育でした。私も、少人数教育には賛成です。子供は画一的な存在ではなく、学力も含む能力を伸ばすためには各々の違いに対応した指導がなされることが必要と考えているためです。

 しかし、一方で子供たちの社会性の欠如が指摘されるようになり、体罰肯定論等過激な意見を公然と述べる識者も存在しています。中学校での武道必修化についても、社会性の改善を見込んでのものでしょう。ただ、私は武道の必修化でそのようなことはあまり期待できないし、体罰肯定論は問題外だと考えています。

 少人数教育の問題点は、かつてのようにクラスが多人数ではなくなり、多くの学友と接するチャンスを失ってしまう事だと言われています。しかし、学習のためのクラスを少人数にしておいても、運動会や文化祭などでクラスを合同したりすればどうでしょうか。クラスを「多人数」に戻さなくても、接する機会は増えていきます。

 或いは、縦割りと言いますか、学年を越えたチームに問題解決をさせるというのもひとつの方法です。先輩風を吹かせて横暴な事をやる者がでてくる懸念はありますが、後輩や若年者に指導しつつ一緒に何かに取り組むことは、コミュニケーション能力を向上させる有効な方法です。

 社会性やコミュニケーション能力を向上させ、個人の自律性と社会の公共性が生き生きと協和するようにするためには、 少人数教育を基礎としつつも多人数や、クラスや年齢の異なる者たちと一緒に取り組む機会を与える必要があります。

 委員会やクラブ活動、或いは部活動などはもっと活用できる場所でしょう。運動会や文化祭もそうです。かつて、愛知県は「管理教育」の嵐が吹き荒れた地域で、部活動などは体育会系の封建的体質を教え込み、余計な事を考えたり、疑問を持たせないようにする「没個性」の場所とすら言われていました。この点について、私は先祖返りは許容することはできません。

 個性を生かしつつ、集団で取り組む機会と言うものは、ともすれば体育会系の分野が想定されがちですが、文化系でも十分その機会を子供たちに与える事が出来ます。私は中学校の時には吹奏楽部でした。ひとつの曲を演奏するためには、個々のプレイヤーの技術を高めることも必要ですし、全体の調和も重要です。そして、私は音楽の能力が全く欠落していたためマネージャーになったのですが、裏方として組織を支えるという役割の重要性を学ぶ事が出来ました。東海大会にまで出場でき、コンクールの成果としても満足すべき結果となりました。「音楽」と言っても色々な切り口があり、直接音楽の能力がなかったとしても、それに関わって何かを作り上げることができ、そのプロセスを楽しむこともできます。

 少人数教育も多人数教育も、それぞれメリットとデメリットがあります。必要なのは、「白か黒か」ではなく、いかに組み合わせて双方のメリットを引き出していくかではないでしょうか。同時に、少人数教育だけ叫ぶのでは、必ずしも教育環境の改善につながらないことは確かです。

 少人数教育というものも、教育環境を向上させるための「手段」であると認識すべきではないでしょうか。

2011年4月13日 (水)

被災地の外にも目を向けるべき

 東日本大震災の被害に対して、第一に手を差し伸べるべきは被災地です。しかし、被災地の外の人々に対しても、政治や行政は目を向けていかなければなりません。

 毎日、地元を歩き、同級生や友人に電話をかけて話をしています。そうした中で、今回の東日本大震災の被害者は、被災地に限らないと言う事を痛感させられました。

 ある友人は、1月に自動車関係の会社に転職して試用期間中でした(この場合は労働法上の試用期間ではなく、企業内における試用期間です)。試用期間中は時給制で、正規採用される矢先に大震災が発生し、会社に仕事がなくなってしまった。ただちに契約解除とか解雇と言う事態にはなりませんでしたが、時給制ですから仕事がなければ賃金そのものも発生しないのです。

 大震災において大量に車が失われ、田舎では車が必需品と言う事もありますから、近い将来特需があるだろうと言われていますが、それが何時になるかは分かりません。当面は、金銭的にも身分的にも苦しい生活が続くだろうと言っていました。

 また、別の友人は電気工事業を営んでいます。取締役の肩書を持ち、経営者ではあるものの、毎日作業服を着て軽トラに乗って現場で作業をする職人です。復興支援のため、優先的に被災地に資材が回されている。このため、仕事を受注しても仕事ができない。大震災の影響とは言え、小さな企業では一度仕事を断ったり遅らせたりした場合、その後に仕事が来る保障はありません。

 そんな中でも、その友人は青年会議所で行った義捐金集めに真っ先に参加し、積極的に活動しています。支援物資集めと仕分け作業でも、現場で汗を流して頑張っていました。

 東日本大震災は、直接的には東北関東が被災地ですが、経済的被害の影響は全国に波及しています。被災地の外でも、大震災の影響を受けて苦しい思いをしている人々が沢山います。苦しい中でも被害者を気遣い、身を削って被災地支援に取り組んでいる方すらいる。こうした人々にもしっかり目を向けていかけなければならないと思います。

2011年4月12日 (火)

地域政党の党内手続きをめぐる問題

 先の名古屋市議会議員選挙では減税日本が第一会派となり、愛知県議会議員選挙でも日本一愛知の会と併せて相応の議席を獲得しました。大阪府議会では大阪維新の会が過半数を獲得し、大阪市議会においても第一会派となりました。既成政党に対する不満が地域政党に流れたと見ることもできますし、よりネオ・リベラリズムを掲げる政党や政治団体が風に乗る傾向が強いとも言えます。

 地域政党という存在そのものは、私は政治の多様性を確保するためにはあっていいと考えています。地域には地域の特色があり、国政レベルと同じ線引きをしてしまうというのはむしろ適切ではない。また、地方議員が国会議員の選挙のための「下請」的存在ではなく、地方自治体の立法府の構成機関として責任ある役割を果たすためにも、地方議会・地方議会の自律は欠かせない。そうした点において、地域政党は一定の役割を果たす事が出来る可能性があります。

 ただし、一方で不安な点も非常に多い。

 まず、現在の地域政党が基本的に「改革派首長対保身議会」という構図を首長が演出し、首長を支える翼賛機関的役割を期待されて成立し、その大義名分の元躍進したと言う事実を忘れてはなりません。この点において、地域政党は行政府に従属する存在になる危険性を常に抱えていると言えます。「公党」というよりは、「首長の私党」になってしまう可能性は残念ながらかなり高いのではないでしょうか。

 「首長の私党」の側面が強くなりますと、議会は首長の暴走を抑制できる存在ではなくなります。首長の提案に疑問を差し挟まないということになれば、多数を獲得している限り条例の制定改廃も自由にできる事になる。これでは、行政府に対抗する立法府と言う存在を自ら否定する事になります。権力分立が形骸化すれば、最早それは現代の「法の支配」のもとでの民主政ではありません(中国共産党や朝鮮労働党などが言う「民主主義」には含まれそうですが)。

 また、党内手続きが民主的か否かという問題もあります。そもそも、我が国の政党は国政政党の場合基本的には「議員政党」です。僅かな例外を除けば、国政政党で発言権を得るためには国会議員のバッジを付けている事が基本的な資格となっている。公認や推薦などの候補者選定手続きも曖昧であり、意思決定システムすら、決して明確とは言い難いというのが現状です。地域政党においても、候補者決定のプロセスや意思決定のプロセスは不明確なままであり、既存の国政政党以上にブラックボックス化している感があります。

 私は政党の意思決定や候補者選定のプロセスに関してはドイツのように政党法をもって一定の制約を課すべきだと考えています。政党は単なる私的な団体ではありません。日本国憲法は政治は政党政治を前提としていることは、憲法学者の間では通説です。そして、政党助成金と言う公的資金まで受け取っている。少なくとも、政党助成金をみ受け取る政党に関しては、一定の法的統制を受けるのを甘受すべきでしょう。地域政党においても、政党としての権利を認める一方、相応の民主的統制は課されてしかるべきであります。

 「地域政党は首長の私党だ」とか「翼賛議会だ」と言われたくなければ、地域政党に属する議員の皆様には、是非そのような面に目を向け、改革を進めていただきたいと思います。

2011年4月11日 (月)

愛知県議会に対して望むこと

 愛知県議会議員選挙の結果が出ました。地域政党がそれなりに議席を伸ばし、民主党が大敗する一方で自民党も議席を減らし、突出した存在がなく、ある意味では群雄割拠の状態になったように見えます。

 最大会派となる自民党も、日本一愛知の会に推薦されたグループとその候補者と戦って当選してきたグループがあり、一枚岩ではないと言われています。減税日本と日本一愛知の会が統一会派を組むことはともかくとして(そもそも、このふたつの地域政党も微妙な認識の差で争いになる可能性はあるように思いますが)、自民党が親大村知事派と反大村知事派に分かれて争うようになれば、県民は何が何だか分からないという状態になるのではないでしょうか。

 親知事の立場だから知事の言う事には賛成、反知事の立場だから知事の言う事には反対と言う、かつてのローマ教皇派と神聖ローマ皇帝派の不毛の対立のような真似だけはやめていただきたいものです。必要なのは、冷静な議論ではないでしょうか。

2011年4月10日 (日)

単なる「防災」の連呼で終わってはいけない

 統一地方選挙前半戦の投票日を迎えました。有権者の皆様には、賢明なる選択をされるようお願いしたいと思います。

 さて、今回の統一地方選挙前半戦は、愛知県の場合実質的には2月の愛知県知事・名古屋市長・名古屋市議会解散住民投票より始まったと言ってよく、当初は二元代表制や地方議会のあり方について、大きな争点になるものと思われていました。しかし、3月11日の東日本大震災で、全てが変わった。中国語で言えば「変天」です。

 その結果、候補者は一斉に「防災」を主張し始めました。私自身も、防災については言いたい事がかねてより多かったので、その点では喜ばしい事だと思っています。しかし、各候補者がどれだけ理解しているのかと言うと、怪しいものがあります。

 私は「防災」とは都市の「安全保障」のひとつであると考えています。この点で、単なる災害対策だけでは大きな意味はなく、都市の安全そのものをどのようにして守るか、有事の際にどのようにして市民生活を安定させ指揮系統を保持するかを検討しなければなりません。いくつかの点については、前々からこのブログでも書かせていただいています。

 ところが、残念ながら候補者の中には大災害が来るぞ来るぞと騒いでいるものの、どのようなポイントについて対策を取るのかについて曖昧なままの方が多く見えます。一方で、有権者の側も細かい消火栓の位置や避難所の位置を知らないからと候補者を非難しているところもある。無論、重要な問題のひとつではあるのですが、政治が主導すべきは安全を保障するシステムの整備である筈です。いずれも、根本的に同じなのは「目先」のことしか見えていないということでありましょう。

 私は災害対策は都市の安全保障として広い枠組みで考えていくべきだと思います。例えば、治安対策に関しては平時も重要ですが、警察の目や手が届きにくくなる災害時の治安維持のことも考えた上で整備する必要がある。これも、災害対策のひとつであります。

 私は交番を増設する事を推進していますが、大規模災害時には明らかにそれだけでは足りません。一方で、自主防犯組織は有難い存在ですが、構成員にどれだけ刑事法の素養があるのか、護身の実力があるのか(犯人逮捕については現行犯人又は準現行犯人の逮捕しか認められていませんからこの能力は第一義的な問題ではありませんが)についてはほとんど「不明」ですし、そうしたことを学ぶ機会を積極的に行政が提供していると言う話も聞きません。長久手町の防犯条例では、町は単に相互の連絡役としての役割を果たすとしか書かれていないのです。これでは、大規模災害時に治安が悪化した時、防犯組織の構成員が被害を受けることも考えられますし、その逆に「やりすぎ」になることも考えられる。市民を守るためには、そこまで考えて対処しておく必要があります。

 今回の選挙を、単なる「防災」の連呼だけで終わらせては死んだ方々も浮かばれませんし、生きている有権者がその後にぞろぞろ続くと言うことにもなりかねない。選挙が終わった後知らぬ存ぜぬでは、政治家の背信行為そのものと言うしかない。一方で、政治家に単に防災活動に顔を出せとか要求することも、また大した意味のないことではないでしょうか。重要なのは、選挙で選ばれた政治家が、市民の安全を守ると言う観点に立って統治機構というシステムをいかに整備・改善していくかということです。

2011年4月 8日 (金)

県立大学の統合について

 長久手町には愛知県立大学、愛知県立芸術大学、愛知医科大学、愛知淑徳大学など大学が沢山あります。隣接する日進市には愛知学院大学、名古屋外国語大学、名古屋商科大学などがありますし、リニモの沿線には愛知工業大学があります。大学の密度は日本の中でもかなり高い地域と言えるでしょう。

 分野も、文系から理系まで、ほぼ全ての学問分野を網羅しています。難点があるとすれば、研究機関としての歴史の長い大学が少ないと言う事ですが、これについては今後の各大学の教員が学究の徒として学問的業績をあげてくれることを期待しています。

 さて、長久手町には「県立」の大学が二つあります。ひとつが愛知県立大学、もうひとつが愛知県立芸術大学です。大学間の競争が激化し、また国公立大学と言えどもかつてのように税金を大量に注入してもらえる事は望めなくなり、各大学が努力する事が求められています。

 私は大学は学問の府であり、大学人はそのことに誇りを持つべきだと思っていますが、一方で削れる経費は徹底的に削る事が、県民や学生のためでもあると考えています。この点において、愛知県立大学と愛知県立芸術大学を統合できないのか、日頃から疑問を感じています。

 大学にはそれぞれ歴史があり、異なる建学の精神があります。今は多くの公立大学が法人化しているため、教職員の労働条件も異なります。このため、大学の統合には多くの困難が伴います。例えば、大阪大学と大阪外国語大学が合併する際、教員の定年が問題になりました。大阪外国語大学の教員の定年が65歳であったのに対して、大阪大学は63歳であり、統合に当たって大学当局は63歳に統一しようとし、教職員組合は65歳に統一すべきだと主張していたためです。最終的には経過期間を設けて段階的に63歳に統一することになりましたが、これは大学統合に伴う困難な問題の一例に過ぎません。(この点においては、私が大阪大学大学院在籍中にお世話になった小嶌典明教授が多くの論文を発表されていますので、興味のある方は御一読をお勧めします)

 愛知県立大学は既に愛知県立看護大学との合併を成し遂げています。将来的には、愛知県立芸術大学も合併が検討されてもよいのではないかと思います。大学の統合により、一般教養課程の人件費の削減を確実に見込めます。今まで、別々のキャンパスで開講していたものが一本化されるわけですから、これは簡単に分かる事です。その分、専門科目の講座を増やしたり、一般教養の開講科目を増やしたり、研究者を新たに雇ったりすればどうでしょうか。研究機関としての能力は高まりますし、学生もより高度な専門教育を受ける事が出来ます。

 看護学を学びたい学生と絵画を学びたい学生が同じ教室で授業を受けて大丈夫かと思われる方も多いでしょう。しかし、そもそも、大学の教養課程はかつての旧制高等学校や大学予科から引き継がれたリベラル・アーツとしての課程であり、専門課程に進んだ時に備えて思考力や語学力などを磨くための場所であります。その原点に帰れば、一般教養課程の段階では、専攻や学科の異なる学生が机を並べることは何の不思議もありません。

 恐らく、今後は私立大学も合併や統合の動きが出てくるでしょう。無論、県立の大学はあくまで県の所管であり、長久手町は直接口を出せる立場にはありません。私立大学なら尚更です。しかし、二十年以上前から「文教都市」を目指してきた長久手町としては、学問の府である大学のあり方にもっと敏感にならなければならないと思います。

2011年4月 6日 (水)

中京都構想の是非について

 私は大村知事の手法に全面的に賛成はできませんが、県と政令指定都市の重複問題については、中京都構想も含めた組織改革を行うべきだと思います。政令指定都市の権限は実質的には都道府県とほぼ同格のものとなっており、二層構造を維持する必然性は乏しいと言わざるを得ません。

 地方自治体の制度設計としては、日本は県と市町村の二層構造を原則にしていますが、州-郡-市町村という三層構造にしている国もあり、このあたりは様々な制度設計が考えられます。一方で、市を省や州と同格の存在にして一層構造にしているところもあります。例えば、台北市や北京市がそうです。

 政令指定都市を「中央直轄市」とし、都道府県と同格の存在として都道府県から分離してしまうと言う案も、当然検討されてしかるべきでしょう。

 一方で「自治」というものを考える時に、そもそも今の政令指定都市は「自治体」と言えるのかと言う根本的な問題があります。確かに、「市」を名乗り、地方自治法にも規定が置かれています。その点では、自治体と言えます。しかし、憲法上の自治体は単なる区域ではなく、地域的な一体性や価値観等が共有されているべきだともいわれています。

 そう考えると、政令指定都市が憲法上の自治体になるか怪しいところが出てきます。あれだけ巨大な区域の中で、一体感など本当にあるのでしょうか。政令指定都市に限らず、合併によって産まれた市町村では、地域対立が続いているところもあります。スケールメリットを追求して合併が推進されてきたわけですが、その結果として地域的一体性のない自治体が多数生みだされてしまったとは言えないでしょうか。効率化だけで合併を繰り返して作られたような場合、少なくとも憲法の言う「自治体」に該当しないおそれがあります。

 東京都の特別区は、かつて最高裁判所から「憲法上の自治体にはあたらないから、区長は民選でなくともよい」という判決を出されてしまった事があります。中京都を置く場合に都のみの一層構造にするか、現在の東京のように特別区を置くかはこれからの検討課題ですが、特別区の設置・区割りの方法によっては、憲法上の自治体にあたらないものとなり、区長を官選にするようなことも許される余地が出てくる事になります。そうすると、巨大な「中京都」は、都民にとって自治体と言いながら巨大すぎるゆえに遠い存在ともなりかねません。

 もともと、東京都は戦時体制下において、効率よく地方行政を行うために設置された経緯があります。住民の自治とは遠いところで、むしろ住民の自治よりも効率を重視して制度設計されたものです。独裁的なリーダーシップを志向する首長にとっては魅力的かも知れません。しかし、権力分立がなされないようなものは、民主的な組織とは到底言えない事だけは確かです。

ボランティアの公職者という考え方

 最近は公職者特に地方議員はボランティアであるべしという意見がよく聞かれます。そもそも、公職者は社会への奉仕を職業として選んだ者ですから、単なる損得勘定では勤まらないでしょう。かといって無給か足が出るような場合、複雑化・多様化する社会の中にあってどれだけ職務を果たせるかは疑問です。

 歴史的に見ると、公職者が無給だった事例は沢山あります。

 例えば古代の共和制ローマで「名誉あるキャリア」と呼ばれた官職は執政官も法務官も元老院議員も全て無給でした。経費すら自腹で捻出するのが当然とされていたくらいです。中世のベネチア共和国でも元首や補佐官には必要経費程度はみとめられていたものの、政治は無給でつとめるものでした。

 こう書くと、名古屋市の河村市長の言い分が正しいように見えます。しかし、物事はそう簡単ではありません。

 まず、古代ローマの場合、無給の「名誉ある官職」に就くためには、それなりの資産要件が課されていました。血統で全てが決まってしまうような専制君主国よりはまだ「先進的」とは言えるのですが、この原則の結果、お金のある人しか公職に就く事ができず、意思決定に参加できなくなってしまいました。

 その結果、没落して行く中産階級に対して、資産階級である元老院はほとんど何の手も打たず、ローマの社会は大きな格差社会になり、社会不安が蔓延する結果となりました。しかも、公職に就くために多額な金がかかるものですから、属州総督など「利権」のからむポストに就いて「モトを取る」ことも公然と行われるようになってしまいました。あのガイウス・ユリウス・カエサルですら、数年間属州総督をつとめただけで、何故か「天文学的な額」の借金がなくなり、他人に貸し付けるまでになっているほどです。ちなみに、共和政ローマの裁判制度は元老院議員が陪審員として裁くものでしたから、汚職があってもなかなか有罪になりませんでした。

 ベネチア共和国でも、政治は無給と決まっていました。ベネチアでは貴族階級のみが政治に参加できるシステムになっていましたが、貴族とは言っても領地を持っているわけではなく、単に「政治に参加する義務のあるグループ」程度の意味しかありませんでした。当然、自活する必要があったわけです。

 ただ、ベネチア共和国は中小零細の貿易業者を保護し、元手のない者でも海外貿易に参加して富を獲得するチャンスを広く与えていました。こうしたこともあって、商才に長けた人々が政治も担当しても大きな問題はなかったようです。

 ところが、ベネチア共和国は末期になると海外貿易が停滞し、かわりに農業で大きな利益を得るようになりました。農業は先行投資が必要な分野であり、元手のない者は簡単に参加できません。ここで、貴族に富の格差が生まれるようになりました。一方で、政治は無給で、サボろうものなら高額の罰金が科される。そこで、票の売買が横行するようになってしまいました。票を買って得たポストでモトを取ろうとするのは、ここでもまた同じでありました。

 ベネチア共和国はナポレオンの侵攻によって滅亡します。戦わずして降伏したのですが、実はベネチアは海の上の干潟の中に首都機能があり、干潟の中に立て籠もって抵抗する道もありました。実際、ジェノバ共和国やフランク王国との戦いでは、干潟の中にたてこもって戦い、逆転勝利を勝ち取った実績もありました。しかし、イタリアの本土にある農場を失う事を恐れた貴族が力を持つ国会は、徹底抗戦すれば経済利益が失われると恐れ、戦わずして降伏する道を選んでしまいました。

 歴史を見ると、政治が「無給」である政治体制の場合でも、無給で政治を担当できる人々を広く支えるそれなりのシステムが存在していました。そして、「無給」で政治をつとめることが不可能になったとき、国ごと崩壊して行く結果を招いたと言えます。

 公職はボランティア精神がなければつとまるものではありません。しかし、だからといって無給とか、足が出るような制度設計をした場合、機能不全に陥る危険性が極めて高いと考えます。

 特に、最近の議員のボランティア化という意見が、議会に監視される立場である首長から出ている事は注目に値します。監視機関が弱体化して誰が得をするのかは明らかでありましょう。行政府の肥大化に伴い、議会の能力向上や権限強化の必要性はかねてより指摘されてきました。その指摘に対して、議会側が誠実に対応してきたのか疑問な点も多々ありますが、議員を無給の方向に持っていくことは議論のすり替えと言えます。

2011年4月 4日 (月)

統一地方選挙・前半戦

 統一地方選挙の前半戦がはじまりました。我が国では統一地方選挙は都道府県・政令指定都市の長と議員を対象にした前半戦と、一般市区町村の長と議員を対象にした後半戦に分かれています。今回は前半戦の投票日が4月10日、後半戦の投票日が4月24日となっています。

 有権者の皆様におかれましては、是非候補者の政策や人柄をよく吟味して、権利を行使される事をお願い申し上げたいと思います。

 東日本大震災の多くの被災地では選挙どころではなく、特別法で延期されています。千葉県浦安市のように、県と市で選挙の執行について争いが生じているところもあります。我が国では太平洋戦争中に衆議院議員の任期を延長したことがありましたが、選挙の延期と言うのは基本的には半世紀以上行われてきませんでした。裏返せば、非常事態が生じた場合のことが想定されてこなかったと言えます。

 選挙を行う事ができないことを理由とした任期延長のケースとして、一番有名なのは台湾(中華民国)の国会でしょう。

 中華民国政府がまだ中国大陸を実効支配していた時期に国民大会と立法委員を選出したのですが、その後中国大陸の実効支配を失ったために改選する事が出来ず、1948年に選出された議員が1991年末まで職権を行使すると言う事態になってしましました。これは「万年国会」「万年議員」と呼ばれていました。

 台湾を含む「自由地区」では1960年代以降には改選が行われるようになったのですが、万年議員が圧倒的多数を占める状況では議会の構成が変わりませんでした。このため、与党以外の議員が目立つには、論争を挑むか、暴力沙汰を起こす以外になかったわけです。これが「台湾名物・乱闘議会」になってしまった原因のひとつです。

 台湾の国会は1992年に全面改選されましたが、それ以降も2000年代に入るまで「乱闘議会」は続きました。これは、本物の暴力団員が国会議員に選出されてしまうようなことが起きるようになったことが原因のひとつと言われています。

 非常時の任期延長のような制度は、危機管理という観点からは必要なものだと思います。しかし、台湾のケースのように、制度が濫用されると大変な事になってしまいます。

 任期延長する場合は非常事態ですから今回の統一地方選の一部延期のように、行政府が主導権を握って行う事もやむを得ません。しかし、その延期を解除する時にどうするのか。権力を握った側がなかなか手放さないのは世の常です。そうした場合に備えて、任期延長を認めないと言う拒否権を裁判所に持たせておいて、第三者的な立場で判断させると言う制度設計もあってよいのではないかと考えます。(もっとも、我が国の「司法機関」はともすれば立法府や行政府に広い裁量権を認めてしまう傾向がありますので、今のままの裁判所にそうした権限を付与しても実効性あるものになるかは自信が持てないところではありますが)

(解説)

 台湾の政治制度は日本ではあまりなじみがないので、簡単に解説しておきます。 

 現在の中華民国憲法では国会は立法機関である立法院のみになっていますが、かつての国会は国民大会、立法院、監察院の三院制でした。

 このうち、立法院はその名の通り立法機関。監察院は行政の監察を専門に行う機関で、国民大会は憲法改正と総統と副総統の選出と罷免を行う機関とされていました。

 現在では総統は直接選挙となり、憲法改正の発議は立法院に移され、監察院は選挙で選ばれた監察機関から専門識者による準司法機関に変わり、現在の台湾では国会議員とはイコール立法委員の事になっています。

2011年4月 1日 (金)

原発の下請作業員

 福島第一原子力発電所事件において、現場で危険な作業をしている労働者の多くは下請け作業員と言われています。何と、7次下請けまであるそうです。請負は労働と異なり、仕事を完成させるのが契約の目的となりますので、外見的にはともかく、契約内容は一般的に請け負う側に不利なシステムとなっています。

 「日給20万円」で、しかも「現場にいる時間は短い」と言いながら、なかなか作業員が集まらないそうです。企業がリスクを回避するためには派遣や請負を使っていることから考えると、中間搾取分として支払う金額を考慮しても直接雇用するよりは東電にとってはリスクが少ないのでしょう。逆にいえば、それだけ「危険」だということになります。

 人件費削減が至上命題となってきた日本企業では派遣や請負にリスクを負わせることで人件費を圧縮する事が当たり前に行われています。しかし、一般的な低賃金に加えて健康を損ない、その負担まで回避しようとするのは企業の社会的責任と言う観点から妥当ではないと言うしかありません。

 派遣労働に労働者側からも一定の需要がある以上、ただちに禁止することは非現実的です。請負についても同じです。しかし、リスクを弱い立場の者に一方的に追わせてしまうというシステムに関しては、是正する必要があります。

 自分は原発労働者ではないから関係がないと思っている方も多いでしょう。大多数はそうだと思います。しかし、リスクを下部に負わせる現在の原発労働の制度を肯定してしまえば、それをモデルとした制度がいずれ皆様方の近辺にも現れることになるでしょう。そうなったときに、リスクを負わなければならない立場になるのは、大企業ではないことだけは断言できます。

 東北関東大震災が人ごとではないという自覚を多くの方々が持ちつつありますが、そこから派生している被害についても、決して人ごとではありません。

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